イタリアの旅の話/1995

◎古き良きコンパートメント電車。イタリアの旅の話・その8。

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この時の旅の日程はどうなっているのかというと(いまさらですが)、

1日目:深夜にローマ着。
2日目:ローマ観光。
3日目:フィレンツェ観光。
4日目:ローマからヴェネツィアに移動。
5日目:ヴェネツィア観光。
6日目:ヴェネツィア観光。
7日目:午前中早めにイタリア発。
8日目:帰国。

我々の場合、イタリアへ着く飛行機は深夜に着き、帰りの飛行機は午前中早めだったので、観光に使えるのは丸4日と移動日の午後の合計4日半でした。4日半でローマ・フィレンツェ・ヴェネツィアという日程は悲しいほどに短いですね……。4日半なら、せいぜい2都市までに抑えておいた方が満足感が高いかも。

添乗員同行のイタリアへのツアーであれば6泊8日のパターンが一番多いと思います。航空券とホテル付のフリーツアーだと最短4泊6日くらいからあるかな。その場合の観光は3日です。一都市滞在のためのツアーですね。フリーツアーの場合、一般的には延泊可能。でも一人旅だとフリーツアーは割高なんですよねー。

 

ローマからヴェネツィアへ。

この日はローマからヴェネツィアへ移動します。

この時のフリーツアーでは、現地係員がホテルまで迎えに来て、ローマからヴェネツィアへ向かう電車に乗せてくれました。我々は前日にフィレンツェまで行っているんだし、一人旅が出来るようになった今では微妙なサービスだなあと感じる。特にこの時はテルミニ駅のすぐそばのホテルだったので余計。安心は安心ですけれども。

9:00にローマ・テルミニ駅発。これからフィレンツェ、ボローニャ、パドヴァ、メストレを通ってヴェネツィアへ行く予定。今から思えば、フィレンツェはローマとヴェネツィアのちょうど中間くらいにあるので、ローマを2日観光してむしろヴェネツィア側からフィレンツェに行けば良かったのではないかと思った。いまさらですが。

電車はトスカーナの丘陵地帯を抜けて走ります。天気は小雨。昨日も同じ線路を走ったけれど、朝に通って夜に同じ線路を戻るとわかっている時と、もう帰らない片道通行では気分が違います。旅情を感じる。

 

電車の「コンパートメント」とは。

ヴェネツィアへ行く時は普通の客車でしたけれど、前日の電車はコンパートメント型でした。

コンパートメント式の客車というのは、半個室型というか、6席程度ずつ部屋ごとに仕切られている客車です。日本ではほとんど見かけないスタイルで、知識としては知っていたけど実際に目にすると目新しい。

日本の4人掛けの席を6人掛けにして、それに壁(現在はほとんどガラス)をつけ、廊下と区切ったような形式です。イギリスのシャーロック・ホームズやエルキュール・ポアロなどのドラマを見るとよく出てきます。

日本人からすると、この形式は少々不思議。最初は、個室っぽいからプライバシー確保のためなのかと思ったけど、6人という大人数で旅行をする人は限られてますよね?なんでこういうスタイルになっているのだろうと不思議だった。

 

元々鉄道は、レールの上を走る馬車のようなものでした。蒸気機関が発明され馬に変わったことによって汽車になっていくわけですが、元々が馬車だから人が乗る客車のイメージに馬車が残っているんですよね。馬車の客車をいくつも繋げて人を運ぶ。この形式がコンパートメントとして残っている。

そのため初期の鉄道ではコンパートメントごとに独立した乗降ドアがついているだけで、廊下はありませんでした。その乗降ドアも外側にしか取っ手がなく、開け閉めは基本的に外側から。中から開けるためにはわざわざ窓を開けて手を伸ばし、外の取っ手をひねらなければならないという、大変非効率的なことをやっていたんです。

これだと汽車が動いている間はコンパートメント間の移動は不可能。動き出してしまえば見ず知らずの他人と密室空間にいるわけで、逃げ場もない。現代ではだいぶコワイ話ですよね。当時、汽車は値段が高かったので誰もが利用するものではなく、ある程度以上の階級の人しか利用しなかったのだと思われます。

日本の新幹線のような開放座席車はアメリカ発祥だそうです。その原型は船の船室から。ヨーロッパは馬車のイメージから抜けられなかったようですね。コンパートメント型はどう考えても効率は劣るが、人間の考え方というものはどうしても「今まで」に引きずられますから。

近年の電車ではコンパートメント形式は少なくなっているようです。時代の流れとしてはそうですよねえ。コンパートメントの味わいも好きでした。古き良きヨーロッパの名残り。

 

ヴェネツィアへ。

ローマからヴェネツィアへは、この時の電車では4時間半かかりました。今は最短で3時間ほど。

ヴェネツィアは本土から少し離れた、干潟の海の中に浮かぶ島で――ここへ電車で入っていくアプローチは印象的なものでした。大地から離れて、電車は海の上にたった一本(といっても線路は何本もあり幅は広い)伸びる橋の上をヴェネツィア本島へ近づいていきます。

でもなー。ヴェネツィアに行くのなら、本当は海から船でアプローチした方は感動的なんだろうなー。何しろヴェネツィアは海の都ですし。古来、異邦人として訪れるにせよ、ヴェネツィア人として帰国するにせよ、海側が正面玄関という意識はあったはず。聖マルコ広場は海から訪れる人々を迎えるために華やかに飾られていた。

現代で本当に船でヴェネツィアに入るためには豪華客船にでも乗らないと……。そういえば一度、豪華客船がヴェネツィアに入って来た時に行き会ったことがありますが、これがすごかった。サンマルコ広場から見ると、まるでゴジラか巨神兵かというようなサイズ感。豪華客船の巨大さは想像を絶します。目を疑う。

わたしの隣の観光客が「なんだ、あの怪物は」と呟いてました。同感。

 

現代の旅行者はいわば裏側から、こっそりとヴェネツィアにすべりこみます。

電車が着くのはヴェネツィア・サンタ・ルチア駅。学校で習う「サンタ・ルチア」はナポリ民謡で、ヴェネツィアとの直接の関係はありません。聖ルチアは紀元300年頃シチリアにいたキリスト教の聖女。なぜヴェネツィアの駅にこの名前がついているのかちょっと不思議。通常、駅や広場の名前になったりするのはその町の守護聖人とかですよね。どんな縁があるのだろう。

駅の建物を出ると、すぐ前が運河。うおぉ、さすが水の都!と目の覚める思いがする。いや、すぐと言っても建物と運河の間には何十メートルかちょっとした広場はあります。でも運河の手前にてすりもないし、運河の反対側にちょっとした教会はあるしで、「ああ、ヴェネツィアに来たんだ」とぽーっと見とれていたら、運河に落ちるかもしれないと思いました。落ちるためには相当ぽーっとしてないと無理でしょうが。

世界中に水の都と呼ばれる町はたくさんありますがヴェネツィアは全然純度が違う。水しかないんです。車は(多分)ほぼ一台もありません。全て舟、あるいは船。パトカーも消防車もなく、パト舟と消防舟。当然バスもタクシーもなく、すべて舟。

なので、我々も駅からホテルの最寄りの船着き場まで船に乗りました。この時は水上タクシーだったのかな?甲板より低いところに船室があるタイプで、座席に座るために階段を降りる感じ。木目調のインテリアとビロードの座席がそこはかとなく時代がかっている。座席はたしか6席か8席くらいで、天井はかなり低かったです。

初めての町を運河に浮かんだ舟から見る。船室が低いので、視線は水面よりちょっと上くらい。他の町のタクシーやバスではこの低い視点は味わえない。ヴェネツィアならではの経験だと申せましょう。

普通の陸地で暮らすわたしたちには感覚的になかなかわからない部分ではありますが、運河が縦横に走る彼らヴェネツィア人にとって、運河=道なんですよね。なので島の中をS字に走る大運河が文字通り目抜き通り。パリでいえばシャンゼリゼ、ロンドンでいえばリージェンツ・ストリート、東京でいえば……銀座通り?

運河側が正面なので、貴族の館が立ち並び華やかです。現代要素がまったくない。看板もない。陸上の道ではここまで徹底的に古い建物を残すのは無理だろうから――どうしたってヴィトンとかブルガリとかのお店が出来ますよね――500年前とほぼ同じ景色を味わえるという点で貴重。

 

部屋からの眺め。

ヴェネツィアは小さい島なので、水上タクシーに乗っているのもあっという間。ホテル最寄の船着き場で降りて、スーツケースをひっぱりながら歩きます。ヴェネツィアの道は狭く、ほとんどの道は2人がすれ違える程度です。最大の目抜き通りでもせいぜい4人分くらいの幅。人がすれ違う時には片方が譲らなければならないほど細い道さえあります。

それに加えて運河にかかる橋が数えきれないほどあるので、ちょっとそこまで行くのにも、橋を、たとえば3つ渡らなければならない。しかも道は石畳。これはねー。スーツケース持ちにはきついですよー。

そんな状態なのに、ホテルがなかなか見つからない!同じところを3回ほどぐるぐる回りました。どう考えてもこの辺にあるはずなのだが……。ようやくホテルを探し当てたところ、玄関自体が地味でホテルらしくないのに加え、その反対側を見た時の景色がいいので、通るたびに景色の方を見ていて気付かなかったということが判明しました。あったなあ、サザエさんにこういう話。

ホテルは中の上くらいの落ち着いたホテル。玄関の狭さに比べて中は広く、我々の部屋も3人で使っても十分な広さ。何より、部屋の窓が裏通りの小さな運河の真上に位置している!窓から見えるのは正面に橋、運河の両側に細長い窓の建物が立ち並ぶ、これぞヴェネツィアという風景。うわーい、テンションが上がる!

連日、ハードなスケジュールが続いたため、移動日のこの日はまったりと過ごしました。14:00すぎくらいにホテルに入り、15:00頃まで部屋でのんびり。そこから散歩に出かけます。ピクチャレスクで路地が多いヴェネツィアは散歩にぴったりな町。迷子にならないように気をつけて。

 

 

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