仙台あちこち

◎宮城県美術館は現地存続・改修と決まりました。

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移転案は地元民にとっても寝耳に水でした。

宮城県美術館は仙台市青葉区川内にあります。仙台市の西側、青葉山の麓で東北大や青葉城址に近いところ。

それを仙台医療センター跡地に移転するというのです。仙台駅の東側、楽天の試合をする球場も近く、比較すれば若干交通の便がよろしいところ。この場所に、コンサートが行われる宮城県民会館、みやぎNPOプラザ、宮城県美術館を集約する!とのことでした。ほぼ1年前のお話です。

突然の移転新築案に県民は一驚します。特に美術関係者は驚いたようです。その1年前に会議で「現在の場所に増築改修」という方針が決まったところでしたから。1年の間にどうしてか話がひっくり返ってしまった。

 

設立されて40年。たしかに対処が必要でした。

わたしのような一利用者でも、突然新聞に「新築移転!」と出た時は驚きました。そんなことになるとは夢にも思っていなかったし、望んでもいない。公共施設のうちで、宮城県美術館は何ヶ所かの図書館に次いでわたしが利用している施設ですが、お気に入りだったんです。

たしかに老朽化はしていた。全体的な外見にはさほど衰えは見られませんでしたが、やはり細部をよく見れば粗が目につく。わたしが見る中で一番問題だったのはトイレが数少なく、古いことですね。それから建築に多用されたタイルの割れ・ひび。外壁の洗浄もした方がいいでしょう。でもそのくらいだったんですよね、不満は。

何の疑問もなく、現地で改修するものだと思ってました。それが突然の移転新築案。あの理想的な環境から切り離されてしまう。お城の跡の近く、文教地区にあって、周囲を川や木に囲まれた空間だからこそ味わい深い時間が流れるというのに。

さらに、現美術館の建物は前川國男の設計です。美術館・博物館を得意とした、日本でも7本の指に入る(←5本の指に入るかは絶妙に自信がない)建築家。空間をぜいたくに使った建物で、今となってはなかなか作れないもの。

この周囲の環境と建築そのものの価値は移転してしまえば完全に失われてしまう。一度失ったら取り戻すことはできないのです。それはとてもつらいことだと思う。

 

それから一年が経って……

新築移転の話が発表された後、各所では反対の意見を伝える行動がさまざまあったそうです。署名活動をなさった人もいたし、インタビューに答えて反対意見を述べた人もいた。宮城県もWEB上でアンケートを実施し、……これが大変回答しにくい形式だった記憶がありますが、わたしも参加しました。

が、わたしはこんな程度で行政の意志は変えられないだろうと思っていた。結局実行するのは行政だし、経済の論理で押されたら太刀打ちできないと考えたからです。要はお上には逆らえないという日本古来の平民根性が染みついているものだと思われます。

それからおよそ1年。宮城県美術館の現地改修が決まりました。

地元の河北新報にその記事が載ったのが11月17日のことでした。(一報は16日の夕刊)

宮城県美術館移転断念 知事表明、増築せず改修 建物の価値に配慮

英断!と思った。この問題の決着はもっと時間がかかると思っていたので、意外に早く結論が出たという印象でした。

新聞の見出しなどでは県側の敗北のように書かれていました。別に県知事の失態のように記事を書く必要はないと思うんですけどね。効率や経済を考えた視点も大事だと思うし、そのバランスをとるのがいい政治なわけじゃないですか。文化的価値を重視した視点への方向転換を短期間できちんと出来たのはありがたい。わたしたちはあの宮城県美術館を失わずに済んだんです。

一年をかけた壮大なひっかけだったといううがった見方も新聞には載っていましたが、そこまで考えたところで得はないと思うので、そこにこだわりたくはない。

 

3つの案の比較検討表。

県は3パターン案で検討したそうです。この比較表が面白かった。

A.新築移転
B.現地増築
C.現地改修

この3案を、5つの項目について比較しました。2020年11月17日河北新報朝刊にわかりやすい表で載っていました。

1.面積
2.展示機能
3.今後30年間の事業費総額
4.初期事業費
5.建物や立地条件

1.面積

A.現状より600平米減(体育館1棟分くらい)
B.現状より3100平米増(60メートル強×50メートル強)
C.現状

2.展示機能

A.展示・収蔵面積を増床。最新設備導入可能。
B.展示・収蔵面積を増床。
C.県民ギャラリーを展示室・収蔵室に転用

3.今後30年間の事業費総額

A.780億円
B.840億円
C.770億円

(国からの地方交付税を受けての県負担額・案によって国からの交付税額が変わる)

A.650億円(現有建物の撤去や譲渡、転用が条件)
B.830億円
C.760億円

4.初期事業費(県民会館とみやぎNPOプラザの移転集約費を含む)

A.330億円
B.320億円
C.290億円

5.建物や立地条件

A.仙台駅東側エリア発展に貢献。アクセスの利便性向上。
B.現美術館の建物や立地の価値を継承・維持。地震、水害のリスクに強い立地環境。
C.B案と同じ。

これはわかりやすかったですね。この表が初期の頃に出ていたらわかりやすかったし、議論もまた別な方向があり得たかもしれません。

面積で、A案が体育館1つ分狭くなるのはマイナスだったでしょう。でも現有建物はロビーや通路などの展示室以外の場所がとても広いつくりなので、展示室の広さとしてはむしろ広くなるという可能性もありました。でも創作室などのスペースはおそらくだいぶ狭くなったのではないでしょうか。

B案の増築をどの部分に考えているのかはわかりませんが、けっこうな増築を考えていることになります。東大寺大仏殿よりちょっと広いくらいの面積だそうですから。

展示機能の面では、A案の最新設備導入可能というのは食指が動く。40年前の設備とは比べ物にならないほど進んだ部分もあるでしょうから。が、具体的に書かれてないので「なんか良さそう」の域を出ません。

C案の県民ギャラリーの転用については賛否ある部分かと思います。わたし自身はほとんど使ったことのないスペースで、あまり縁はなかった。児童・生徒の作品コンクールの展示や、おそらく愛好会などの展示で使われていたと思うので、一定のリピーターは多かったと思います。が、利用者は限られていたでしょう。個人的にはここを転用するのは妥当 or 仕方ないかな。

事業費総額は差が大きいA案とB案を比べても60億円しか(しか、じゃないけれども)変わらないので、あまり注目しない部分。でも実は県の実質負担額を考えると、A案とC案の差でも110億円になるんですよねー。ここは大きい。

アクセスについては、いうほどA案にメリットがあるとは思えないんですよね。知事は「野球観戦の前後に美術館に立ち寄ってもらって」などと言っていましたが、それは普通無理だと思う。野球を見る層と美術館に行く層が分離しているとまでは言わないが、普通は一日に詰め込むことはしませんよねえ。

野球観戦の日は野球観戦、美術館の特別展を見に行く日はまた別の日だと思う。野球なんて4時間くらいかかるのに、掛け持ちなんて無理。疲れちゃいますよ。

同じ理由で県民会館でコンサートなりがあった時に美術館も行くという可能性も、それほどないと思う。特別展だと30分で見終わるのか2時間かかるのか、時間が読めないしね。もっと見たいと思ってもコンサートの開始時間が気になっては忙しない。逆に30分で見終わった時に、コンサート開始まで時間をつぶすのもちょっと。

同じ敷地内にあるなら行ってみようという人はある程度いるだろうが、それも最初の1回かと思います。もし「コンサートの時は基本的に美術館にも立ち寄る」というパターンが出来上がれば、それは素晴らしいことだけれども。しかしあの常設展では……ごにょごにょ。

各項目でそれぞれの案にメリットデメリットがあります。これをすごく大雑把にいうと、

110億円の差額で周囲の環境と建築物を守ったことに価値があるかどうか。

こういうことでした。個人的には周囲の環境と建築物はかけがえのないものなので、この結末はありがたいことでしたが、それでも税金の110億円は重い。

だからこそ、今後の宮城県美術館は110億円に見合う価値を創出しなければならないんですよね。価値というのは経済的なものだけではなく、全方面にわたってのことです。遠い未来まで続く、続かせなければならない価値。

 

難点は、現地「現状」改修か。

しかし、とりあえず環境と建築の保全が決まったからといって、いいことばかりではありません。やはり現状改修は将来的に見ればきついんだろうなー。何しろ40年前の設備です。それなりに出来るところは新しくするでしょうが、根本的なものは変えられないでしょう。

一番大きくのしかかってくる問題は、おそらく収蔵庫のボリュームかと思われます。宮城県美術館は近くに西道路のトンネルがあるせいで、地下には拡張しにくい立地になっているらしいんですよね。これが正確な情報かどうかはわかりませんが、もしそうだとすると、美術館・博物館の宿命である収蔵品の拡大がなかなか難しい。

宮城県美術館は近年、日本画も買ってくれるようになってわたし的にはウハウハ(……)なのですが、日本画は小さめのものが多いとはいえ、数を集めていればやはり場所を取ります。

もうこの際、初期の頃持っていた大きな現代美術は売っぱらっちゃってもいいのではないか。……そんなことも思いますが(←現代美術ギライ)、そうもいかないでしょうから、この収蔵スペースの問題については限られた手段のなか、最上の選択をお願いします。

県民ギャラリーをそのまま収蔵庫にというのが一番シンプルな解決法だと思いますが、建築的にちょっと勿体ないんですよね。この辺りは空間の上下移動が楽しめる部分で、外側が空間的なアクセントになっているので、そこの建物が外部に開放されない収蔵庫になってしまうのは勿体ない。

 

110億円の価値を目指して。

今後、改修が始まるまでも何年もかかるでしょうね。改修自体も何年もかかるかと思いますし、時間をかけて設計をして欲しいですね。現地改修ということで「手直しでいいや」と思うのではなく、その時点で出来ることを全部やって欲しい。

「現地改修で良かった」と思えるように、前川國男建築を積極的に売っていく姿勢も必要だと思いますね。仙台近辺には建築的に名の通った建物がいくつかあります。仙台メディアテーク、(わたしは嫌いだけれども)宮城県図書館など。たまにこういう建物をめぐるバスツアーはいかがでしょう?キュレーターの人にも乗り込んでもらって、各所説明しながら回るというのは、多少の需要があるのではないでしょうか。

美術館の機能は何も屋内だけで完結しなくてもいい気がする。安易なアイディアですが、現代美術のフェスはどうでしょうかねー。

モデルは仙台ジャズフェス。ジャズフェスも初期の頃はだいぶ手作り感の強いお祭りでした。けっこうその辺のバンドが出場していました。規模も小さかった。それが10年20年と続けていくうちに育ちました。今では日本で有数(だと思う)のストリートフェスティバルになっている。

宮城県美術館内部と、国際センター駅周辺の広場と、なんだったら東北大学の川内萩ホールの前の芝生も含めて、現代美術の屋外展示なんかはどうでしょう。最初から有名作家を呼ぼうとせずに、まずは手作りのお祭りでもいいのではないでしょうか。しかしある程度のレベルは求めたいので審査ありで。

わたしは現代美術がたいてい嫌いですが、それは現代美術が攻撃的だったり虚無的だったり、難解だったりするからなので、優しい・幸福な・楽しい現代美術なら見てみたい。そういう方向の現代美術のみを集める。

祭りの盛り上がりには食べ物が必須。国際フードフェスティバル的なお祭りと合わせてもいいですね。楽しそうな空間を作ることで人が集まる。国際センター駅前の広場は雰囲気がいいところなので、そこにカラフルな現代美術と各国料理のオープンカフェなどが集まったら映えそうです。

子どもも楽しめるエリアがあるといいですね。現代美術はなんでもありですから、ピタゴラスイッチに近いものとか、アクションペインティング(キライだが……)とか、集めようと思えば子どもが楽しめるものもかなり集まるのではないでしょうか。

美術の世界への門を開く。あるいは外国の文化への門を開く。名付けて仙台ビエンナーレ。夢が広がります。

 

仙台医療センター跡地には?

ところで、新築移転となった場合には美術館が移るはずだった仙台医療センター跡地には何が入るのでしょう?

美術館の目がなくなったことで計画立案はこれからでしょうが、せっかくの立地なので人を集める施設だといいですね。ほんというとNPOプラザをあそこに持っていくのは若干勿体ない気がしています。NPOプラザの機能を全く知りませんが、NPOに関わる人しか利用しない施設ですよね。あそこは県内外から人を集める施設を集約させる方が派手でいい気がする。

野球場と合わせて、エンタメエリアと規定してしまった方が勢いが出る。掛け算の魅力が期待出来ます。そうだなあ……。地味っつっちゃ地味ですけれども、図書館の分館とか。普通の図書館じゃなくて、エンタメ性のある図書館、むしろギャラリーに近いものには出来ませんかね。そうでなければ県美術館の分館として小さなアートギャラリーでも置く。宮城県図書館の収蔵品をここで小規模に展示して、ショーウィンドーの役割を果たさせる。ちょっと地味ですか。

せっかく建てるのですからその場所にぴったりな施設を厳選して欲しいと思います。一度建てたらそれこそ何十年も使うものですし。

 

これからの宮城県美術館。

わたしが宮城県美術館へ行くのはだいたい特別展の時です。たまーに暇な時にアリスの庭には行きますね。屋外にも佐藤忠良の彫刻作品が点在しているので、ただの散歩だけでもけっこう楽しいところです。

常設展は300円。常設展の絵画も地味に入れ替えをしているので、行った時ごとに見られる絵は変わると思います。正直、常設展はわたしがあまり好きじゃないジャンル、日本の洋画がメインなので個人的にはいつでもおすすめ!とまではいえませんが、きれいな日本画がかかっている場合もあります。

佐藤忠良美術館は2年に1度くらい見ていますが、安定の展示。展示品はほとんど変わりません。そこがいい。「ここに行けばいつでもこれが見られる」場所があるというのはいいですね。

展示室に入らないのであれば入場料はかかりませんし、カフェ利用だけでもOK。周辺に飲食店が少ないのでここのカフェは貴重な存在ですね。願わくば改修後はカフェももうちょっと拡張して欲しいし、別にドトールレベルのお手軽なコーヒーショップも作って欲しいです。

宮城県美術館。今後ともますますのご発展をお祈りします!

 

 

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