先日、ものすごく久しぶりに有栖川有栖の「双頭の悪魔」を読み返しました。あまりに久しぶりでストーリーもトリックもキャラクターもほぼ忘れていたという。忘れていたおかげでたっぷり楽しめました。
わたしが読んだ有栖川作品はだいたい2003年までの分ですが、その範囲でいえば最高傑作がこの「双頭の悪魔」。これは「学生アリスシリーズ(別名:江神二郎シリーズ)」の3作目です。文庫で700ぺージ近いというなかなかの長編。
勢いあまって手元にあったシリーズ4作を読み返して、1作目2作目も読み返して、出ていたのを知らなかったシリーズ最新巻まで買って読みました。うーん、やっぱり面白い。好きだ。これはミステリ好きにはぜひ読んで欲しい。
ですが、重要な注意点があります。読んで欲しい!のと合わせてこの点も申し上げたい。
シリーズ第1作の「月光ゲーム」は有栖川有栖のデビュー作です。
デビュー作です。デビュー作なんです。……何が言いたいかというと、
それなりに稚拙。
正直、読みにくい。何しろキャンプ場で出会った17人の男女(それも全て大学生)でミステリですから!すごい筆力がついてからなら17人の大学生の男女の書きわけも出来るかもしれないが、なにしろデビュー作。書きわけが出来ているとはとてもいえず、しかも呼び名も、名前だったり苗字だったりあだ名だったりでごちゃごちゃしている。
これがものすごく問題点。
しかし「デビュー作にはその作家の全てがある」と言われる通り、この「月光ゲーム」には有栖川有栖の魅力も詰まってます。わたしはその情緒の豊かさが有栖川有栖作品の美点だと思っているので、そのいかにも青春っぽい、学生時代を思い起こさせる書き方はとても好き。
好きだが、しかし読みにくい。
なので、道は2つに分かれます。
〇忍耐強い方
これを読み終われば次作ではミステリの快楽が待っている!と信じて、「月光ゲーム」を読んでください。
〇忍耐力に自信がない方
シリーズ第1作目はとばして、2作目である「孤島パズル」から読みましょう!あんまり昔のことで正確には忘れましたが、わたしも最初に読んだのが「孤島パズル」だった気がする。2作目から読んでも話に致命的な弱点はありません。ちゃんとキャラクターは紹介されるし。
たまに言葉のはしばしに出て来る「前の事件」のことも、ああ、「月光ゲーム」のことなんだな、と思う程度でOK。当然相互のネタバレもありません。
で、「孤島パズル」が気に入ったら「月光ゲーム」に戻る。これでも大丈夫。
シリーズの順番。
第1作:「月光ゲーム」
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このシリーズの主要キャラクターは「月光ゲーム」の時点では語り手のアリス、探偵役の江神部長、モチさんと信長さん。彼ら4人は英都大学推理小説研究会というサークルの部員。
17人の大学生男女が入り乱れるのは前述の通り。
舞台が火山の噴火で下山できなくなったクローズド・サークル(ミステリの舞台になりやすい、外部と連絡の出来ない閉ざされた空間)での殺人。
エラリー・クイーン好きの有栖川有栖は、デビュー作でも(デビュー作だからこそ?)「読者への挑戦状」を用意しています。ダイイング・メッセージも。いかにもミステリ好きが書きそうな小説です。
この作品に出て来る「マーダー・ゲーム」っていう遊び、現実ですごくやってみたいんだよなあ。
〇マーダー・ゲームとは
1.1人1枚、人数分のトランプを用意する。ただしキング、クイーン、エースは1枚ずつ。
2.キング=探偵、クイーン=助手(ワトソン役)、エース=犯人という割り振り。
3.参加者は全員裏返したカードを引いて、自分が何の役割かこっそり確認する。
4.探偵役と助手役は名乗り出て、ゲーム会場の外に一時退場。残った一般人とその中に隠れてい る犯人は会場の電気を消し、暗いなかを自由に歩き回る。頃合いを見計らって犯人は、被害者を「殺す」。
5.殺された人は「うわー」なり「きゃー」なり「殺されたー」なりと叫んで自分が殺されたこと を知らせ、電気をつけることを促す。その明るくなる前に犯人はどの位置にいるのか。被害者から離れるのか、あるいは介抱しようとして密着するのか?共犯者はいない。被害者以外の人物は被害者を発見した時に他の参加者がどういう行動をしていたかを探偵に証言することが出来る。
6.探偵と助手が尋問の後、犯人を見つけ出す。
上手く行くのか、面白くなるのかわからないのでぜひやってみたい。
のだが、最低8人位はいないと難しいだろうし、ある程度探偵志向の人じゃないと
推理するのも難しいし、的確な質問も出来なかろうし……実現は難しいと思われる。
どなたか実際にやってみたことがある人、いますか?
第2作:「孤島パズル」
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何度も読み返した名作。シリーズ最高傑作は「双頭の悪魔」だと思うけれどもわたしが一番好きなのは「孤島パズル」ですね。大好き。読み返すに長さもちょうどいいんですよね。文庫で400ページ。
殺人事件の他に、暗号解きの楽しみも加わり、ミステリらしいミステリ。この「学生アリスシリーズ」はみんなそうですけど。
ミステリとしてもさりながら、青春小説として愛すべき味わい。
第2作目から英都大学推理小説研究会には、有馬麻里亜という女の子も加わります。本作はモチと信長はお留守番であまり登場せず、アリスと江神部長とマリアを中心にして話が進みます。
今気づきましたが「月光ゲーム」が1989年1月出版で、デビュー作。「孤島パズル」が同じ年の7月出版でデビュー2作目。
2作目出版まで半年しか経ってないにも関わらず、「月光ゲーム」と「孤島パズル」の完成度は雲泥の差。不思議なほどの上達度。
第3作:「双頭の悪魔」
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シリーズ最高傑作と名高い第3作。みっちりしたミステリ。
本作の魅力の多くを占めるのが探偵役、江神二郎というキャラクター。部員たちから絶大な信頼を寄せられる存在だが、不明な部分もまた多い謎めいた人物。頭脳明晰なのは間違いないのに、なぜか大学を卒業せずに4回生を繰り返している26歳。
本作は独自の登場人物も売りです。舞台が芸術家村で、そこに住むのは一癖ありげな人々。みなが怪しく、また魅力的。
今回は英都大学推理小説研究会の5人ともが活躍します。モチと信長の漫才っぽいやりとりが地味に好きです。アリスは語り手で、純情&真面目。マリアは今回はちょっと元気をなくしているけど、そのマリアを江神部長が支えます。
第4作:「女王国の城」
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第3作が出てからなんと15年後に出版された第4作。わたしは「学生アリスシリーズ」は3作で完結したものだと思っていました。4作目が出ていたと知った時には「うおお、出てたのか……!」と絶句しました。
江神部長が失踪した?というところから話が始まります。どうやらある新興宗教の施設にいるらしい。なぜ?自分の意志で行ったのか?江神さんの安否を心配した英都大学推理小説研究会の後輩4人は、その宗教都市に入りこみます。いろいろ試行錯誤した上、ようやく施設にまで入れますが……
これは実は「双頭の悪魔」よりもさらに長く、文庫本上下巻それぞれ400ページ強。
今までもクローズド・サークル(閉ざされた空間)を成立させるために舞台設定はクラシカルなものでしたが、本作はその中でもとりわけ架空度が高い設定です。そのため描写が丹念に行なわれます。その世界がどれほど現実から遠くても、そのルールさえきちんと確立していればミステリは成立する。作者はフェアであろうとして筆を尽くします。
わたしはこれは、最初に読んだ時には今一つでした。が、この間読み返した時はやはり面白いと思いましたねー。冒険活劇的なワクワク感もあり。わたしは最高傑作としては「双頭の悪魔」推しですが、「女王国の城」派も多いようです。
第5作:「江神二郎の洞察」
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これもいつの間にか出ていたシリーズ第5作目。短編集です。これは「日常の謎系」のミステリです。短編といっても長さは相当まちまちです。ミステリというよりは青春小説的なものもちらほら。大学生やなあ。
短編集ですのでとっつきやすいのは確かなのですが、これは第1作から第4作を読んで、キャラクターに十分馴染んだ上で読んで欲しいです。その方が絶対楽しめますから!本作を最初に読むのはもったいないですよ!
ちなみに「作家アリスシリーズ」もあります。
有栖川有栖には別に「作家アリスシリーズ」というのもあります。
「学生アリスシリーズ」のアリスが作家志望なんだから、卒業して作家になったということでいいんじゃないかと思ったりするのですが、そうすると人情として(「学生アリスシリーズ」のファンは)江神さんの登場を求めてしまうかなあ……。
なので、紛らわしいけどまったく別な世界の話であり、
この2シリーズは互いにパラレルな世界であり、「学生アリス」に登場する有栖川有栖が「作家アリス」シリーズを執筆、「作家アリス」に登場する有栖川有栖が「学生アリス」シリーズを執筆しているという設定になっている。
とのことらしいです。Wikipediaより。
「作家アリスシリーズ」は有栖川有栖作品の中で一番冊数が多いシリーズですね。やはり探偵役の火村英生のファンが多いのか。わたしはこのシリーズは2003年くらいまでの分を読み、玉石混交というイメージを持っている。が、短編も多いのでたしかに読みやすいです。こちらもちらっと覗いているのもまたよろしいのではないでしょうか。順番は気にしなくてもいい気がする。個人的には。
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うっすらな記憶では、この2冊がそこそこ面白かった気がします。
「作家アリスシリーズ」は近年、「臨床犯罪学者 火村英生の推理」というタイトルでドラマになっていますよね。斎藤工と窪田正孝がいいコンビです。ただドラマは本格ミステリにはならずに、役者2人の魅力でもっている気がしますが。
「学生アリスシリーズ」もがっつりドラマ化してくれないだろうか……。見てみたいー。しっかりした役者を使って。
「学生アリスシリーズ」の魅力とは。
以上、「学生アリスシリーズ」5作をご紹介しました。
実は有栖川有栖はこのシリーズを長編5作、短編集2冊として構想しているらしいです。ということはあと1作長編が……!現時点で形になっていないようなのでいつ出版されるかは未定ですが、前作の「女王国の城」が2007年に出たので、出来ればそろそろお願いしたいところです。有栖川さんにとっても大事なシリーズだと思うので、満を持してと考えるとなかなか難しいのかもしれません。
このシリーズの舞台は1988年~1990年です。もう30年前。
当時は携帯やスマホもありませんし、もしかしたらパソコンもない時代かも。少なくとも作中にはパソコンは出て来ません。こういう時代の話、今の若者はどんな風に読むのかな?
しかしだからこそ成立しえた、クラシックなミステリの魅力がこのシリーズにはあります。エラリー・クイーン、アガサ・クリスティなどの本格から新本格への流れ。なんというか、ミステリを愛し、ミステリに挑戦し、名作の高い壁を越えようとする気概。ですかね。
じっくりを腰を据えてお楽しみください。
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