一旦ホテルに戻ってから、再度しつこく外出。でもこの時点でまだ16:00。
町なかを歩いていると、とっとこハム太郎発見。
Ballon of "Tottoko-Hamutarou".That is one of Japanese anime characters.
流しの風船売り……。風流というか、なんというか。
さて、モザイクのラストはサンタポリナーレ・ヌオヴォ聖堂。
読んで下さる人はもういい加減、オナカいっぱいでしょうが。
(実はわたしも書いていて少々食傷気味……)
Santa Apollinare Nuovo.
塔が傾いて見えるのは写真だからだと思います。現地で見た時は傾いてなかったと思う。
ここもすごかった。外観の地味さからは想像出来ない内部。
Nave.
ここは左右の壁がモザイク。後陣はずっと時代が下り、おそらくバロック。むしろロココっぽい。
Saints's procession.
聖者の行進。後陣に向かって右側が聖者の行進、左側が聖女の行進。
Their costumes have very delicate difference.
実は衣の模様を変えてたりして芸が細かい。
S.Peter?
聖者の先頭で冠をキリストに捧げようとしているのは、やはり聖ペテロなのかなあ。
ピンボケなのが残念。暗い中でアップにすると簡単にボケるのがデジカメの欠点である。
フィルムカメラの時代は暗くても気合いでけっこういけたのになー。
The three kings. I supposed Magi?
これはもしかして絵ではないのか、と写真を見ながらしばらく悩んだほど細かい作り。
マントの柔らかさまでちゃんと表現出来ているじゃないですか!
しかも間近で見るためのものじゃないんですよ。
高い壁面に作られたモザイクなんですよ。……それなのに肌の濃淡、帽子の陰影の微妙なこと!
赤がきれいだなー。
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さて、その後ダンテの墓とか聖フランチェスコ教会なども寄りつつ、中心部をうろうろ。
根本的には、晩ごはんをどうしようかというのが最大の焦点なのだが、
結局、フライドポテトになりました。旅行中はどうも少食傾向。
そう言えばマロングラッセのジェラートも食べた。ヴェネツィアで食べられず口惜しかったので。
カップで買って、カルーセルのところのベンチに座って食べた。
すっかり夜(17:30頃。でも暗い。)だったから少し寒いんだけれども。
……あ、カルーセルというのはこれです。
Carousel in the town's corner.
メリーゴーラウンドと呼ぶのが一般的だろうが。
しかしわたしのイメージでは、賑やかな遊園地で太陽の光を浴びながら、健康的な核家族が
満面に笑みを浮かべながら乗るのがメリーゴーラウンドで、
町の片隅に侘しげに佇み、夜につかの間の華やかさで人を集めるのがカルーセルである気がする。
なので、これはカルーセル。
……だが「カルーセルと言ったらカルーセル麻紀しか思い出せない!」という意見もありました(^_^;)。
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ベンチに座ってジェラートを食べていると、目の前で小さなドラマがあった。
――赤ちゃんをベビーカーに乗せ、5歳くらいの女の子の手をひいたお母さん。
ベビーカーには大荷物がくくりつけられていて、どうやら買い物帰り。これから帰宅して
夕食を作るのだろう。
女の子はカルーセルに乗りたいとぐずる。お母さんは苛立たしげに女の子を叱り、
手を引っ張って帰ろうとする。女の子は、手に風船――どこかのお店で景品として
もらったような――を持っていたのだが、その時のもみ合いで風船が割れてしまった。
元々ぐずっていたのが、今度こそ火がついたように泣きだす女の子。
お母さんも自分が引っ張ったのが原因なので、叱りながらも困り果てている。
そこへ、別なお母さんがにこやかに声をかけた。3、4歳の女の子を連れている。
自分の娘に「あげていいわね?」と訊き、娘も頷いて自分の風船を差しだす。
風船を割ってしまった親子の方は、とまどいながらもお礼を言って受け取り、彼らは別れた。
美談。
話の流れがこれだけならば単に心温まるいい話。――だが、もう少し細部がある。
わたしは、この出来事が起こる前から風船をあげた方の親子が気になっていた。
目立ったんです。彼らは、自然に。ある意味でオーラがあった。
女の子は金髪でとても可愛い。ピンクハウス系統のピンクのコート。
見る目のないわたしが見ても、いい服なんだろうとわかる。
お母さんは若くて美人。着ているものの印象はないが、子供が浮いて見えない程度には
おしゃれな格好をしていたのだと思う。
一言で言って“いいところの奥さんとお嬢さん”。
彼らはしばらく前にカルーセルに乗った。女の子はまるでお人形みたいに行儀良く木馬にまたがり、
お母さんはそのそばに立ち、自分も楽しげに娘に話しかけている。
――夕方、この辺りを歩いている人はたいてい急ぎ足だ。
勤め人は帰宅途中だろうし、おかあさんたちは晩ごはんの支度の最中。
おじいちゃんおばあちゃんが孫を遊ばせる時間には少々遅い。
それでもカルーセルには何人かの子供が乗ってはいた。だがそのそばの大人たちはやれやれという表情。
いかにも付添いという感じ。だからあのお母さんの笑顔が印象的だったんだよ。
彼女は時間に追われている感じがしない。この時間にこんな風に散歩を楽しめる人ならば。
――お手伝いさんがいるとか、旦那さんと外食の約束をして時間潰しをしているとか。
優雅な生活が透けて見える。それほど屈託のない笑顔。
そんな彼女と、子供2人を連れて大荷物を抱え、忙しそうにイライラしながら歩く、
風船を割った女の子のお母さんを並べて見ると。
――その対照に何とも言い難いものを感じる。やりきれなさ、と言ったら風船の親子に失礼だろう。
だが……やはりその時の感情に一番近いのはやりきれなさだと思う。
風船のおかあさんは何かを感じただろうか。
泣き叫ぶ子供と赤ちゃんを連れ、荷物を抱えてこれから家へ急いで帰り、休む暇もなく
食事の支度をしなければならない自分と、目の前の“いいところの奥さん”とを比べて。
それでも、風船を受け取ったのは良かった。
好意を素直に受け取れるかどうかというのも人間の価値だと思う。
ただもっと堂々と受け取れればさらに良かったけど。
なんか心にうっすらひっかかる出来事。
わが愛の辻邦生なら、このエピソードで短編の一つくらい書きそうだな。
以上はわたしの妄想力による再構成で、現実との一致に保証はありません。念のため。