30.唐戸、みすゞ散歩。

北九州・山口/2025

下関1日目です。トータルの旅行でいえば11日目。

下関攻略に悩む。

この旅行中は行きたいところがたくさんあって、時間が足りないのをなんとかやりくりする状態でした。それに比べれば下関はちょっと余裕があって、1日目は唐戸市場と海響館、2日目は長府へ行って、時間が余ったら下関駅の北の方の神社や明治偉人のちょっとした縁の地を回ろう。そんな予定でした。

だがここへ来て、なんだかおかしい。
疲れているわけではない。なんだか。気が重い。疲れてないと思ったけど、でも実は疲れてるのかな。わたしは旅行中、旅行後と、そんなに疲れない方だと思ってるんだけど。

そして自分の心の中を探求した結果、答えにたどり着きました。

――城下町に飽きてる。

……これだ!これを思いついた途端、心がすっと軽くなった。考えてみれば今回相当に城下町を見て来ています。小倉、山口、津和野、防府、萩。そして下関(長府)で城下町に行ったら6ヶ所目。いくらわたしが城下町が好きな方だとはいえ(好きだから行っているのだが)、マニアでもないのに12日で6ヶ所はさすがに飽きてもしょうがないのではないか。

うーん。仕方ない。長府は省略しましょう。功山寺とか庭園とか、行きたいところもあったんだけど、しかし今の心境でそこに行っても単にルーティンをこなすだけで心の重さは消えない。そんなの自分の旅行的にも、相手方観光地に対してももったいない。もう二度と来ない場所かもしれないけれど、惰性で行くより行かない方がマシ。

だが問題は、「じゃあ下関2日目はどこへ行く?」です。うーん。うーん。……今日の夜までに何か考えつきましょう。

 

壇之浦から歩き始める。

とりあえず1日目は唐戸地区に行きます。唐戸市場と水族館である海響館という二大観光地があるから余裕でしょー。ここで時間が余れば駅の北の方へ行こうっと。

ホテルから唐戸地区まではバスですぐ。唐戸市場を乗り過ごして壇之浦まで行きます。まあこの辺の海は全部壇之浦ですが。

ここ昔来たなー。平家一門が沈んだ海。

そこから道路ぞいのお寺に寄り道しながら赤間神宮。

竜宮城みたいなお寺。いや、神社。ここも昔来たなー。
そして今回初めて知ったが、赤間神宮が出来たのは1875年なんだってね!その前は安徳天皇の冥福を祈るお寺はあったが、赤間神宮として成立したのは明治時代。神宮なんだから神社なんだけど、お寺みたいなイメージがあるのはそういう経緯があったからか。

そしてここには七盛塚。

前列左より

参議中納言 平教盛
大将中納言 平知盛
参議修理大夫 平経盛
副将能登守 平教経
右近衛中将 平資盛
左近衛中将 平清経
左近衛少将 平有盛

後列左より

従二位 平時子
丹後守侍従 平忠房
越中次郎兵衛 盛継
飛騨四郎兵衛 景俊
飛騨三郎左衛門 景経
上総五郎兵衛 忠光
伊賀平内左衛門 平家長

こちらは赤間神宮のHPからコピペしました。

……これらの人々の清盛との関係を調べようかと思ったが、めんどうになったので省略。弟とか息子たちで七盛、後列の人々は親戚関係で、基本的には家来筋の人たちだと思う。平時子は清盛の奥さん。最期に安徳天皇を抱いて海へ身投げをしたひと。

わたしは平知盛が好きで。
優柔不断な兄・宗盛を補佐して戦を指揮し、平家一門の最後の砦として力を尽くした。しかし崩れゆく一族の滅びは止められなかった。
「平家物語」では最期に「見るべきものは全て見た」と呟いて、信頼できる乳母子と共に沈んでいく。……くーっ、ちょっとかっこ良すぎませんか。

だがしかし、七盛塚を見た感想は「もう少し上手な文字で彫ってあげたら……」だった。これいつ頃からあって、誰が建てたんでしょうね?昔々、この辺りの人が供養のために建てたものだというのなら、ケチつけちゃダメだと思うけど。

みすゞ散歩。

赤間神宮を出て。
史蹟春帆楼とある場所が途中にあったので、何もわからず登って行った。ここは昔、日清講和条約が締結された会場だった春帆楼があった場所。今も春帆楼というふく料理屋さん&宿泊施設があるらしいんだけど、中を見学できるわけでもなければ外には「史蹟春帆楼」という石碑があるだけなので、わざわざ坂を上って行かなくても良かった気がした。

そして亀山八幡宮。ここも高い階段を上って行かなければならない。上っていくのはちょっとイヤだったが、春帆楼と違って神社なのでまあがんばって行きました。

 

さすがに見晴らしがいい。……だが、その見晴らしを撮った写真はナイ。

 

ここからはみすゞ散歩です。

仙崎でもさんざんみすゞの文学散歩をしたわけだが、実はみすゞは20歳の時くらいだったか、仙崎から下関に移ったので下関もみすゞのゆかり。一応ものの本に載っていた下関のみすゞ関連地図はコピーして持ってきていた。でもそんなに詳細な地図ではないので、実際それを見て歩ける気はしなかったのよね。

だがここで下関観光協会?下関市観光課?がいい仕事をする。下関駅で手に入る観光パンフレットに、唐戸地区にあるみすゞの詩碑が詳しく書いてあったの!

これが本当にありがたかったー。「みすゞ 詩の小径」というコースを設定しているようです。詩碑がいくつかと、みすゞが働いていた親戚の本屋さん跡、みすゞが生涯最後の写真を摂った写真館跡など、7、8ヶ所をまとめてくれている。

唐戸地区を、この地図を見ながら歩くのは心楽しいものでした。実は詩碑はデザインが洗練されていて――洗練されているがゆえにあまり目立たず、探しながら歩いても真ん前を通り過ぎたりしていたのだが、そういう風にうろうろするのも楽しい。全然風景は変わっているのだろうけど、ここをみすゞが歩いたのかと思える。

みすゞの写真を撮った写真館とは経営者は変わっているだろうが、今も同じ場所に写真館が残る。

このコースをゆっくり歩いて30分強ですかねえ。はっきり覚えてないけど。距離としては1キロちょっとくらいだと思う。

山口銀行旧本店。

唐戸地区の観光地の中で西の端にあるのが山口銀行旧本店。ここの見どころは洋風建築と、資料館の展示です。すごく期待して行ったわけではないが、それが吉と出て資料展示がなかなか楽しかった。

地域的に山口銀行と今生で縁があったことはないけど、うちの地方銀行も同じことしてた。昔の販促品なんかはなつかしいよねえ。夏目雅子のポスターとか、松本零士のバンクカードとか銀行マッチとか、ちゃんと系統的にとっておいてくれたみたい。似たようなのを幼少期見たし、懐かしかった。

受付には、いかにも銀行員、といった当たりの柔らかいおじさまがいらっしゃって、けっこう長いことお話をしました。旅行がお好きだそうで、日本中あちこち行っているらしい。宮城、山形も最近行きましたよ、とのこと。だが場所によっては熊出没注意の場所があって、行けないところもあったとか。

他に来ている人は誰もいなかったが、少なくとも洋風建築に興味がある人はみすゞの詩碑を見がてらここまで足を伸ばした方がいい。なんと入場無料。ここまでくれば、往時の港町の活気、経済的繁栄の残照を感じられます。

さて、この時点で10:50。お昼時は混むだろうから、少し早いが唐戸市場へ向かいましょう。

 

 

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