沖津宮遥拝所の雰囲気にひたった後は、港の方へ戻ります。
とはいえ、あと何ヶ所かは寄りたいところがある。地図を見ながらそのコースを検討すると、次に行くのは大島交流館ですね。
……だがまあまあ歩くのに疲れている。港→弁財天神社→沖津宮遥拝所というコースは大雑把に行って4キロ強といったところだと思うのだが、アップダウンがあったんですよね。特に沖津宮遥拝所の手前辺り。歩き始めて、ちょうど通りかかったのーとる(コミュニティバス)を未練がましく振り返りつつ。このバス、スマホで登録しないと使えないらしい。わたしはなるべく登録をしない生き方をしたいので……それはもう仕方ない。
歩くしかないから歩きます。
大島交流館。
小さいガイダンス施設だけれど、良く作ってあって20分くらい見た。壁一面に大きく引き伸ばされた写真に島の方言で言葉を重ねたポスター?展示?がなかなかスタイリッシュだった。
島の文化を教えてくれる場所。

新しい建物なんですね。かすかに疑問を感じる部分なんですが、こういう施設にはサロン的な役割がある方がいいんじゃないかな。もうちょっと大きくして売店なんかも置いたら……と思う規模。せっかく作るんならね。もったいない気がする。まあそうすると人件費も大変か。
安倍宗任のお墓参り。
多分、宗像大島へ行って安倍宗任の墓へ行こうとする人はかなり少数派だと思います。だがわたしは中津宮と同じくらいここへ行くことも重要視していた。
安倍宗任とは誰かというと、11世紀の奥六郡(盛岡市を中心とした周辺地域)を支配していた安倍一族の一人。安倍氏が源頼義・義家に滅ぼされた後――正確にいえばこの言い方には語弊がありますが――安倍氏の生き残りは流罪になったが、宗任(頭領の次男。一族においては参謀的な役割にあったのではないかと想像する)は伊予の国に流され、そののち宗像大島へ再配流されてそこで一生を終えた。
わたしは奥州平泉が好きなので、その前段に当たる安倍氏にも親しみを持っている。まあ今回宗像大島へ行くに当たって宗任のお墓が宗像大島にあると知って驚いたんですけど。わたしはてっきり大宰府あたりに流されたものだと……。そうか、島に流されたのか。幽閉みたいなものだったのかなあ。
墓は港からほど近い、安昌院というお寺の中にある。
実際に行ってみたところ、安昌院は小さなお寺で、その境内を通り抜けて墓のある場所に行く感じ。

寺の建立が宗任によるものだという意見もあるが、配流されてきた宗任がお寺の建立に使える財力があったかどうかという気もする。わたしとしては周囲の武士を従えて、地元の海賊くらいになっていて欲しいけどね。
しかしWikiによれば、息子たちの一人が松浦党になったとかいう説もあるようだし、流人であっても無事に土着出来たということなんだろう。そしてWikiで読んで驚いたのは、宗任の子孫は山口県にも広がり、その中から安倍晋三が出て来たと……。
安倍晋三が岩手かどこかに応援演説に来た時、「私は安倍氏の出なんですよ」と言っているというのを聞いて、「なんで山口の奴が安倍の子孫やねん。苗字が同じだけで適当なこというな!」と思って、安倍晋三をキライになっていたのだが、Wikiを見てみたらどうもあり得る話らしい……?もしそうだったら安倍晋三に対して謝る。信用してなくてすまんかった。
でも安倍晋三は安倍文殊院にも記念碑建てていたしなあ。あの安倍氏と奥州の安倍氏は繋がらんと思うよ。口承以外では。
――安倍宗任は故郷から遠く離れた筑前の国で。精一杯生きたんだろう。海とはほとんど接しない奥六郡から海のたたなかの島、宗像大島へ。雪も多分降らない。冬になれば一面真っ白に変わる大地をなつかしく思い出していただろう。いつか帰れると希望を持ち続けたんだろうか。それともこの島で死ぬ未来を見据えていたんだろうか。
……この辺について史料を持っている場所が、宗像大島にないかなーとうっすら期待をしていって、なんだったら役場かなんかを訪ねてみようかなーと思っていたのだけど、実際そこに行ったところ、かなり小さい建物だったのよね。
この面積に史料はなかろう……と日和って行かなかった。最低限の行政処理だけだろうなあ。それとも行ってみたら意外に地元の史料が充実してたりしたんだろうか。まあヨイ。自分のところで手に入る史料も読んでなくて基礎知識がないのに、マイナー史料を欲しがるなんて贅沢。
宗像大社中津宮。
最後に中津宮に行きます。

まあけっこうな階段ですよ。

ここは、――わりあいに普通の神社でした。まあその場所で何を感じるかは主体の経験や好み、体調に左右されます。わたしはこの日、沖津宮遥拝所で十分に感じてきたから、本日の感動はそれで終わり。
ここの鰹木が丸と四角になっているのが珍しいそうですね。

ネット上で公式のソースがちょっと探せないんだけど、この「三本」というのが辺津宮・中津宮・沖津宮の祭神:宗像三女神を表し、丸と四角は陰陽を表していると書いてあるページがあった。面白いね。
島を離れる。
わたしの島滞在は5時間弱、そのうちちゃんと動いたのは3時間半強。1時間ほど時間を余らせたわけですが、その時間はドラクエウォークをやっていたので有効に使えました。島の夕陽に照らされつつ。冬の初めなんですけどイメージは晩夏のようでした。
16:20、宗像大島発。
5時間あったのなら加代海岸にも行けただろうし、もう少し下調べをちゃんとしていたら行けるところは増えたかも。ただ、船の往路が何時になるかというのが当日行ってみてからというのがあったので、フレキシブルの方に傾いていたんですよね。
まあ今回のこれはこれで良かったと思います。でもけっこうぎりぎりまで沖津宮遥拝所をどうしようか迷っていたんだからオソロシイ。何度もいいますが、宗像大島を訪れる方は、沖津宮遥拝所は必須要綱です。
ここから後は本土へ帰って、レンタカーを返すだけ。
……だけなんですけど、ここでわりと苦労した。神湊からレンタカー屋さんまで20キロそこそこ、道もわかりやすいんですけど、何しろ途中でガソリンスタンドでガソリンを入れないといけません。
レンタカーでの最大の問題はここかもしれない。特に今回は近くにわかりやすいガソリンスタンドがなかったから。いくらナビがあるとはいえ、知らない大きい道路の交差点にあるガソリンスタンドに反対車線から入るというのはけっこう精神的な負担が大きい。夕方の退勤で道が混んでいたこともあり、ガソリンスタンドのある道へ抜けるのも苦労し、結局レンタカー屋さんまでは1時間15分かかりました。
そこからすぐの古賀駅から小倉へ向かいます。1時間くらいの電車の旅。

小倉駅立派ー。
本日の宿は小倉駅から徒歩圏内のあさのホテルさん。その前に「エッグストーリー」さんで本日の夕食。ちょっと閉店時間が見えていたので、少し急いで食べました。
今日は宗像大島堪能。明日はちょっとだけ小倉観光です。

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