古来、風光明媚な地として平安貴族の憧れだった和歌浦。――だそうです。が、正直今はあまりメディアなどでは見ない気がする。
バスで不老橋に着きました。

14:00過ぎ、不老橋最寄りのバス停へ。わたしこの橋、好きですねー。ちょうどいいサイズ感。ちょうどいいデコレーション。デザインは少し唐風ですか。周囲の景色にしっくりハマっている気がする。
和歌浦っていうくらいだから、一番大事なのは海の風景なんでしょう?まずは海の方へ行きましょう。細長い形状の片男波公園へ。
万葉館にて昼寝。
片男波公園の中にある万葉館にまず行きます。これは観光向けでないこともないけど、どちらかというと地域のコミュニケーションスペースみたいな雰囲気でした。来ている人はわたし以外ほとんどいない。
ホールにあった、和歌の20首の上の句と下の句を合わせるかるたのようなもので遊びました。
知ってる歌は10首くらいで、その他は知らない歌を組み合わせるのを考えた。結果的には2組が互い違いになっただけ。完璧までもう少しでした。
ホールに展示されていた絵も良かった。多分地域の絵画サークルで描いた万葉の植物の絵を展示してたんだろう。それを見たり、窓の外に見える紀三井寺や何とか山の説明をぼーっと見たり、座って動画上映を見たり。そして暗いなかで動画上映を見てると寝てしまうのはお約束。
30分は寝てましたかね。おかげさまでまた歩き出す気力体力が戻りました。ここからけっこう歩く気がするのよね。片男波公園のはじっこまで、多分1キロくらい。1キロ行くと1キロ戻ってこなければなりません。ということは2キロ歩く。

この辺の風景が多分古代にもてはやされた和歌の浦。聖武天皇が愛した風景らしい。奈良からすると難波の海の方がずっと近かったと思われるのだが、難波は交通の大動脈すぎて風情が感じられなかったんですかね?穏やかな和歌の浦を愛したのか。

遠くに紀三井寺が見える。前回和歌山市を訪れた時には紀三井寺にも行きました。高低差がきつくてねえ……。

わたしは片男波公園を端まで行くつもりだったのですが、平行してある防波堤はさらに先まで伸びています。そうなると端まで行きたくなるじゃないですか。でも片男波公園の一番先端まで行くと、そこから直接堤防には行けずに少し戻ることになるので、堤防の先まで行きたい場合は早めに堤防側に渡っておくことをおすすめします。わたしは少し戻りました。
だが堤防の先までは行けなかった。

あと200メートルくらいのところだったと思うのですが、200メートル行ったら200メートル戻ってこなければなりません。つまり400メートル。ここまでもけっこう歩いたし、この後は玉津島神社、アートキューブ、そしてバス時間を考えると里心(?)がついた。足にも相当来ています。あきらめて引き返すのも勇気。

トライアスロンフェスタ。こういうイベントもやっているんですね。
帰りの出来事。
それでも不老橋まで戻るのは遠かった……。
玉津島神社へ向かいます。ここからの和歌の浦の眺めがいいと書いてあったの。
でも玉津島神社は意外に規模が小さくてですね。わたしのイメージだと、まさに和歌浦天満宮みたいな地勢を想像していたのですが、全然平地にあるの。へ~~~?眺めがいいという話はどこに……
そしたら、神社の後ろの奠供山(てんぐやま)に上って見下ろせってことらしいですね。眺めを楽しみにしていたので、これは登るしかないでしょう。けっこう疲れてるんですけどね。考えてみれば、今日は養翠園からほぼずっと歩いてるんですよ。

こんな感じのところを登ります。写真は下りですが。

うーん、眺めがいいかな?もう夕方だし、天気のせいかな?
山にたった一人でいる状況もあれなので、早々に山を下ります。
その後、予定としてはアートキューブという施設――説明が難しいが、AIに訊いたら「市民の芸術文化活動(音楽、演劇、絵画、写真など)の育成と支援を目的とした施設」――でカフェに入り、しばらく休んでからバスに乗って帰ろうと思っていました。でもアートキューブに行ったら、カフェが「本日貸し切り」。おおう、なんということ。仕方ないので自動販売機でいちごミルクを買いました。甘さが五臓六腑に染みわたる。
幸い、バスの1本早いものがちょうど乗れる感じでした。バス停に行ったらすぐバスが来た。乗って動き出そうとしたところで、――バスが止まりました。見ると中学生が走ってくる。ああ、中学生を載せてあげるんだなあと思いました。親切。心温まる。
が、その後の展開がちょっと疑問だったんですよね。中学生が5人くらい走って来て、1人2人がバスに乗る。2人くらいがバスに乗らずに立ち尽くしてて、最後の1人がまだ反対側に残っている。この1人がなかなか渡ってこない。けっこう長い間――2、3分はそのままでした。バスのそばにいる4人は残りの1人を呼んだりしているが、その子は来ない。
――察するに、その1人の子が忘れ物?落とし物?をしたようなんですよね。それを探したくて乗らなかったらしい。もやもやのまあ、最終的にその子を乗せずにバスは走り出しました。ここまではいい。
わたしが疑問だったのは「ここで乗った方の子たちは、『ありがとうございます』あるいは『すみません』なのでは?」ということでした。そもそも乗った子は、乗った時点で待ってもらったことに対して運転手さんに「ありがとう」っていうよなあ。さらに友達の行動で何分か待たせたら「すみません」って言わないかなあ。
これが高校生くらいになったら言う人と言わない人が分かれる気がするが、小学生中学生だったらいうんじゃないかなあ。……と思ってました。昨日の帰りのバスの小学生の喧騒も思い出し、和歌山は子どもが伸び伸びと育てられている地域なのか……。これは一長一短あると思います。和歌山だけで人生が完結するならその大らかななかで生きられて、他人にも優しいだろうが、そうでないところに行った時に齟齬が生じるのではないか。でもそれに気づくタイミングはないだろうなあ。
腹が立ったというわけではない。わたしは気楽な旅人だし、何分かバスが遅れたって。
でもちょっと地域性ということを考えました。
ところで、今、ウィキペディアを確認して、わたしは和歌浦観光でもっとも大事なところに行かなかったことを知りました。もしかして観海閣と三断橋が一番大事でしたか……?

遠くからズームで撮った写真。ここまで行くべきだったのではないか……。遠くなかったのに。見逃した。あほやね。
フルーツたくさん。
バスで和歌山市駅へ帰って来ました。
この日の夜はあんまりたくさん食べる気にならなかったので、プロントがちょうどいいと思っていました。さらっとパスタ。気軽に。気楽に。
でも実は、わたしの知らないうちにプロントは業態を若干変えて、昼はパスタ屋さん、夜はちょい飲み屋のキッサカバなるものになっていました。そうすると気楽というのとちょっと違う。実際はパスタ一皿食べてささっと出られたのですが、やっぱりパスタ屋と居酒屋というのは気分が違いますね。みんながくつろいでいるところでそそくさと食事をすませるわけですから。
その後、例によってキーノ1Fのスーパーマーケットに。
前々日にイチゴとブドウを買ってまだ冷蔵庫にあるのにも関わらず、この日は特価になっていたパイナップルと、食べたくなったバナナを買ってしまいました。それとワッフルと、翌日の朝食用のサンドイッチと。果物たくさん食べられてうれしい。……ちょっと多すぎるのは事実ですが。
翌日の観光については、夜まで迷ってました。でもまあ明日は――九度山に行こうか。九度山は高野山のふもとなので、わざわざ九度山まで行っていったん戻ってくるというのがちょっと不満なんですが、高野山の行きかえりに行く時間がない気がするのよね。
では、おやすみなさい。

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