その後、歩ける範囲を時間まで歩きます。
雲谷庵→菜香亭→今八幡神社→八坂神社→「焼き菓子 やをぜ」という順番。
雲谷庵は雪舟雪舟の住居跡。
いかにも庵!という雰囲気。

中にも入れます。住み心地は良さそうでした。

この地図を見て驚いたんですけど、雪舟って山寺まで来てるの!?徹頭徹尾、京都より西で活動したイメージしかなかったけれども。何しに来たんかいのう?山寺で絵を描いているらしいですが。63歳の時だって。歩いて来たのかね?船で来たのかね?
菜香亭は元料亭の復元施設。
明治10年創業の菜香亭は、元長州藩の台所方の人が興した料亭らしい。その関係もあるのか、長州閥の政治家の利用が多かったらしくて、大広間に揮毫が並んでいた。

伊藤博文、山県有朋、井上馨……まあ山口県出身の人のは名前を書くのが大変なほどいっぱいあった。比較的新しいところでは、田中角栄とか安倍晋三とか。

こういうの、ものすごく字が上手い!というほどではなくても、まあまあ上手いくらいは書けないと恥をさらすだけだから、政治家は大変ですね。
料亭の建物もしっかりしていた。

こういうところは文化の匂いが濃く残るねえ。建築もいいし、庭もいいし、歴史もある。だが料亭は完全に営利企業だから、採算が取れなくなった時点でなくなっちゃうんですよね。ここが残っているのは、周囲からの保存への動きもありつつ、最後の五代目店主の女性が、本体・調度に加えて現金2億4千万円を山口市に寄贈したことが大きいようだ。
頭が下がるね。わたしだったら本体・調度は百歩譲って寄付できるかもしれないが、現金2億4千万円は自分で使います……

今八幡神社へ行ってみます。
ここらへんは神社が多くて、どこへ行けばいいかわからなかったので、菜香亭のスタッフの方に由緒があると聞いた今八幡神社と八坂神社に行ってみることにする。

地元の氏神様、という感じ。鎌倉時代から縁起の続く、大内氏と縁の深い神社らしいよ。階段の続く、見晴らしのいい場所にある社。そういわれてみるとちょっと武家っぽい雰囲気のある神社のような気がする。
最後に八坂神社へ行きました。
ここは敷地がとても広い。お祭りの時には屋台がいっぱい並ぶんだろうなー。その姿が想像出来る。

……そしてその広い敷地の写真は撮ってきてないわけだが。ハンドベースボールを余裕で出来そうな……って、ハンドベースボールなんて長く絶えて久しいんですかねえ。
この敷地にある建物が印象に残った。

河村写真館というところ。明治20年前後に建てられたらしい。当時の地方としてはかなりハイカラな建物だったはず。しかし小屋組みは和館のもので、従来の和漢建築に洋風のガワを被せたという、当時横浜などでもよく使われた手法に拠ったらしい。建てられてから120年、所有者を変えながらも写真館として使われ、それも勘案して県指定有形文化財になっているとか。
――建てた当時の華やぎを思う。近所の人はお城のような建物、と思ったのではないか。しかも写真という不思議な技術。相当お金もかかっただろうが、やはり一度は家族で撮ってみたいと憧れる人もいただろう。何十年も経って、それほど特別なことではなくなっても、人生の節目に何度も行く場所だっただろう。ショーウィンドウに誇らしげに飾られた、周りの人々の写真を見つけて、「あ、〇〇ちゃんだ!」と声があげた子供たちもいただろう。
今はもう古びて。多分立ち入ることは出来ないと思うが、有形文化財になっているということは保存し、いずれは修復するんだろうね。壊してしまえばそこで終わりだもの、古い建物が残るのは嬉しい。
その後、ぶらぶらと。
八坂神社は龍福寺のすぐ北側に当たります。龍福寺は3日前、山口県立美術館を見た後に訪れたところ。また一の坂川を渡ります。

この川、好き。いい川だなあ。

遠くに五重塔が。ズーム機能を爆発させてのこの写真なので、実際にはかなり遠いです。
とろとろ道を歩いていると、旧家の佇まいの家がありました。そこに「焼き菓子 やをぜ 水曜日のみ営業」と書いてある。水曜日定休なら普通だが、水曜日のみ営業ってすごいなあ。そして奇しくも本日は水曜。これは入ってみるしかありますまい。
中はアンティークでとてもかわいい――しかしとても狭いお店。飲食スペースはなく、みんな買って帰る方式です。3枚入りのクッキーを買う。420円。これはバスを待っている間の恰好のオヤツとなり、そしてあっという間になくなりました。秒殺。美味しかったです。
山口県立美術館が見えて来た。実はここから、バスに乗って防府へと向かいいます。バスは山口駅が始発だと思っていたものだから、ここから乗れるのに気づいて良かった。この路線は動線としてありがたかった~。
では、防府へ。

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