そうだ、美術館に行こう。
そう思った時が美術館日和です。おうちの最寄りの美術館へどうぞ。――それで話は済んでしまうのですが、もし初めて美術館に行く時には、ちょっと心に留めておいた方がいい点がいくつか。
わたしの初めての美術館体験。
昔々のお話です。
わたしが初めて美術館に行ったのは、多分高校生の時。「美術がわかるようになればカッコイイ」というシタゴコロがあり、美術好きになるべく宮城県美術館に行ってみた。
が、全然面白くなかった。むしろ不快になった。アートとはこれほどイヤなものなのかと思った。
この時何がイヤだったかというと、それはズバリ、そこにあった作品そのものです。宮城県美術館の初期収蔵作品は現代アートと近代の日本の洋画がスラリと並ぶ。後から考えれば、このジャンルの絵はわたしが一番キライなもののツートップ。そりゃ初めて見に行って、そこにあったのが嫌いな絵では不快になるわ。
それ以来、数年間は美術にまったく興味を持たずに過ごします。その時点でわたしにとっては現代アートと近代の洋画が「美術」になってしまったわけですから、美術には縁がないんだと思っていました。もちろん中学の時に美術の授業はあったので、一応美術史的なことのサワリはやりましたが、美術とは美術館にある「ああいうもの」なんだろうと思ってしまった。ああいうものをわかるようになるのは難しかろう。だってキライなんだもの!
それが変わるのが大学の卒業間際です。
卒業祝いに画集をもらったんですよね。もらう画集は本屋へ行って、自分で選んで買ってもらいました。それがルネサンス時代の絵画の画集でした。大雑把にいうとレオナルド・ダ・ヴィンチの絵。ダ・ヴィンチを含めた約200年間くらいの絵。
ああ、こういう絵が好きなんだ、と思いました。日本で見られる絵ではないかもしれないけど、少なくとも美術全体がキライなわけではなかった。その後、わたしはむしろ美術好きになります。この時ルネサンス絵画に出会えたおかげで。
逆にいうと、最初に出会った美術がもし嫌いなものではなかったら、ということも考えます。もっと早く美術を好きになれていたかもしれない。高校生当時のわたしがルネサンス絵画を見ていいと思ったかどうかは何ともいえないのですが。
美術館は千差万別。
その後長い時間が経って、そもそも美術館というものに対する考え方が間違っていたことに気づきます。わたしは美術館に行きさえすれば、そこで美術がわかるものだと――そこにある絵を見れば、美術の本質、あるいは王道、あるいは主流、そういったものが自動的に入ってくるものだと思っていました。
それが大間違い。そもそも美術に本質なんてなかった。いや、本質も王道も主流も普遍性も、考え方によってはあるかもしれないのですが、そのはるか手前にもっともっと現実的に気にするべきところがあった。
それは「好き嫌い」です。
美術で何が大事っていったら、実は好きか嫌いかだけだった。名作だろうが無名作だろうが関係ない。有名なものをいいと思いこむ必要はないし、専門家がいいといったのを鵜呑みにする必要はない。見た物を好きか嫌いか。それだけでいい。
実は同じ美術館という名前でも、その内容は千差万別なんですよね。最初はそれに気づかなかったので、美術館に行けば「美」があるものだと思っていました。
しかし人によって何を「美」と感じるかはだいぶ違う。わたしの大好きなボッティチェリに全然興味のない人もいるだろうし、わたしの大嫌いなポロックを大好きな人もいる。
そして美術館によって収蔵作品は全然違います。美術館に行ってもそこに「好き」な絵がなかったら、わざわざ行っても仕方がない。好きじゃない絵を好きになろうとしたって無理。いや、心が広い方ならそういうものを取り込んでもっともっと豊かな美術生活を送れるのだと思いますが(理想的にはその方がいいとは思いますが)、それはハードルが高すぎる。
つまり美術と呼ばれるもの全体を好きになる必要はないということです。
美術館はレストランに似ている。食べ物屋さんは中華があったり和食があったり、フレンチがあったり千差万別です。中華が食べたいと思ってフレンチに行ったらそこには食べたいものは全然ないはず。わたしが高校生だった時に起こったのはまさにそれ。
なので「美術館でも行ってみようか」と思った時、事前に確認しておきたいのは「自分が好きになれそうな絵が一枚でもあるかどうか」これ大事。今時はさすがにほとんどの美術館でそれぞれのサイトは持っているでしょうから、そこをちらっと確認して、ちょっとでも目を惹く一枚があるかどうか見てみてください。
目を惹かれたら、それをじっくりとは見ずに即行でサイトを閉じる。見る楽しみは現物まで取っておきましょう。事前にネットや書籍で見ちゃうと、実際に見た時に確認作業にしかなりませんから。
が、美術館は収蔵作品をネット上に載せてないところも多々あります。そういうところはトップページの壁紙に注目したり、文字で書いてある収蔵作品のタイトル、作家名などでご確認を。
運を天に任せて出会いを期待してみる方法もありますが、わざわざ時間とお金を払ってキライなものを見ても仕方ないと思うので、ある程度の目星はつけておいた方がいいんじゃないかなあ。好きー嫌いの幅はレストランの比ではないかもしれない。中華を食べたい時にイタリアンを出されても腹が立つほどではありませんが、キライな作品を見ると腹立たしくなりますからね。
問題は、美術館の選択肢の少なさ。
だが問題は、美術館は巷にレストランほど存在していないことです!
首都圏くらいでしょうかねー、選べるほど美術館があるのは。わたしは仙台在住で、そこそこ大きい地方都市なはずですが、ある程度の美術館となるとぱっと思いつくのは2ヶ所しかない。宮城県美術館と島川美術館。仙台市博物館が扱うのは美術ではなくて歴史だし、それは東北歴史博物館も同じ。
宮城県美術館は初期の頃は、現代アートと1900年前後のヨーロッパ版画、そして宮城県ゆかりの画家や画題を集めていました。これらは今でも宮城県美術館の売りで、行けばだいたいこれらのグループは展示しています。が、わたしはこの辺りのアートにはあんまり興味がないんだよなあ……。1900年前後の版画、クレーとかエゴン・シーレとか時々ミュシャとか、そこらへんは多少見て楽しいのですが、現代アートと日本洋画がおおむね好きではない。
出来れば初めての美術館では好きなものを見て欲しい。嫌いなものは見ないでほしい。腹が立ちますからね。もう嫌いなものは見ないようにして通り過ぎてもいいんじゃないですか。
好きなジャンルを追求してよりどりみどりに美術館を選べるほど、地方のアート状況は恵まれていない。そこで頼みの綱は各美術館を巡回する特別展です。
特別展とは何か。特別展・企画展・常設展の違い。
パリのルーブル美術館。ロンドンのナショナル・ギャラリー。ニューヨークのメトロポリタン美術館。ローマのヴァチカン美術館。フィレンツェのウフィッツィ美術館。
世界的に有名な美術館は特別展を必要としていません。なぜなら通常の常設展だけで見切れないほどの一級品があるから。1日で見る絵の適切な枚数が……しっかり見るなら30枚、せいぜい50枚くらいだとしても、見終わるためには何十日もかかります。
が、それより質量ともに少ない美術館は、収蔵作品だけではリピーターが獲得できない。何度も見たい作品がある美術館なんてやはり希少だし、だからといって収蔵作品はそう簡単には増えない。何しろ高いものですからね、美術作品なんて。
それに対応する方法として、ほとんどの(中規模より上の)美術館は特別展を企画しています。あるテーマに沿ってあちこちの美術館から作品を借り出し、自分の美術館で一定の期間展示する。これが特別展。普段はない美術作品を展示して、目先を変えるわけですね。
その反対の言葉が常設展。文字通り常に設定されている展示作品。とはいえ、常設展の中身はローテーションで変わります。その美術館の目玉作品は展示されていることが多いけれども、ずーっと展示していると絵が傷むので、通常交代で架け替えをしています。そのため、目当ての絵が見られないことがある。
特に日本画は光に弱いので展示されている期間が短いですね……。お目当ての絵がなかなか見られない。わたしが目下、宮城県美術館で一番お気に入りの絵は川端龍子の「和暖」ですが、なかなか出会えない。今まで2回かな。3回かな。見ることが出来たのは。
常設展に好みの絵が並んでいれば、行きつけの美術館になると思います。そういう幸運に恵まれている方は自覚した方がいい。それはけっこう稀なことです。
なお「企画展」と銘打って開催されている展覧会もあります。これがどうも微妙っぽい。企画展=特別展という意味で使っている美術館もあれば、特別展は外部から借りている展示物、企画展はテーマを決めて、収蔵品をそれに合わせてセレクトする、ということをやっている美術館(わたしが知っているのは正確には博物館)もあります。その場合、企画展は比較的地味。企画展と名づけられたものはどちらか確認した方がいいかもしれません。
日本ではたいていの美術館が特別展を開催しているような気がします。規模の大きいところでもやってますねー。国立西洋美術館や国立新美術館、国立博物館なども特別展メイン。日本ではハコは立派ですが、中身が海外ほど質量ありません。
特別展をやらなくてもやっていけそうなイメージがあるのは、わたしの私見ですが、大原美術館や大塚国際美術館。そもそも大塚国際美術館は展示品を入れ替えるのも大変なものが多いし、そういうスペースもなかったように思う。足立美術館は収蔵品内でかなり頻繁にれ替えをしている気がする。あそこは日本画ですから。日本画をずっと展示するのは難しいんですよねー。
特別展の情報をキャッチしましょう。
好きな美術に巡り合いたい。そう思っている方で、ロンドン、東京、ワシントン、ニューヨーク、パリ――という恵まれた都市以外に住んでいる方は、まめに近場の美術館の特別展の情報を確認しましょう。
特別展はだいたい2ヶ月弱の期間続くことが多い気がします。だいたいの特別展は、会期の前半に行くのがおすすめ。そのうち行こうと思っていて延び延びになり、最終日が近づいてきて慌てて行くというわたしのような人が多いのか、どちらかというと後半の方が混みます。
また、人気の特別展だと下手すると会期中、ずーっと混んでます。さすがにここらへんでは東京の美術館ほど程度を超えた混み方はしないのですが、それでも宮城県美術館・仙台市博物館は駐車するのに30分ほど時間がかかったりすることがあります。なので、人気の特別展には公共交通機関で訪れるのも手。地下鉄東西線の国際センター駅で下車、徒歩5分ほど。駅近くにある羽生結弦・荒川静香のモニュメントを見ることも忘れずに。
特別展ももちろん好きなものも嫌いなものも来ると思うので、好きかな?と思うものを見に行きましょう。入場料もそれなりにかかるものなので(場合によるがだいたい1500円くらい)、まあ見るからに嫌いなものは見に行かなくていいと思います。
しかし経験によれば、「ダメかもなー」と思いながら行った特別展で思いのほかいい出会いがあったりすると、すごく人生得した気分になるので、ダメ元で行ってみるのもいいかも。当然やっぱりダメだったということもあるのですが、ハードルを下げて行った分、まあまあだと思うことも多いものです。
期待しすぎず行ってみる。これは特別展や映画を見に行く時のコツ。
好きな絵を見つける。
特別展に行ったら、全部を根をつめてみる必要はありません。多分会場には4、50点が並んでいると思うので、それを全部見ようとすると終わる前に疲れてしまう。どうでもいい作品で疲れて、好きになれたはずの作品を見逃してしまうのはもったいないので、最初に一回り会場を廻ってみて、良さそうな絵を10点内外目星をつける。それ以外はさらっと見る。そして気に入った絵だけをじっくり見るようにすると、効率がいいというか、気に入った絵に割ける時間が多くなると思います。
最後に「もしもらって帰れるとしたらどの絵か」という究極の一枚を決める。家に飾れるかどうかを考え始めるとだいぶ条件が狭まるので、そういうことは考えずに純粋な「好き」を一枚。それを覚えて帰りましょう。出来れば絵はがきかなんかを買って。忘れちゃうんですよね、何か手がかりがないと。
嫌いかな、と思うものでも実際に見ると、あるいはじっくり見ると、意外にいいと感じるものもあるかと思います。美術は出会いのもの。好きになれるものに出会えたら幸せ。美術館日和。
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