いろいろ徒然

◎手の中の宇宙。曜変天目茶碗。

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(曜変天目茶碗 藤田美術館蔵)

息をのむ出会いがある。曜変天目茶碗もその一つ。

その存在を知ったのは写真集かテレビでだったと思う。真っ黒な闇に浮かぶ青い星。プレアデス星団みたい。虹色の星間物質。オリオン座大星雲みたい。茶器に宇宙を写すなんて、なんと斬新なアイディアなんだろう。

作者は誰だろうかと思った。どんな作家か。しかし説明を読んで目を疑う。これが800年も前に作られたって?こんなモダンなデザインが800年も時代を経ているとはとても思えない。

天目茶碗は、鎌倉時代、中国の天目山周辺の寺院に留学した僧が多々持ち帰ったものらしい。日本ではその地名をとって「天目」と呼んだ。天目山の周辺はお茶の名産地だそうなので、留学僧たちも当時の日本ではまだ馴染みのなかったお茶を毎日飲んだことだろう。帰国する際にその道具と茶葉を持ち帰り、懐かしい日々を偲ぶ。――あるいはそんなきれいごとではなく、高価な舶来品として高位の僧に差し上げることもあったかもしれない。

形は、角ばったところのないすり鉢状。それほど深くはない。縁にくびれがあり、黒釉がかかっているのが基本形。他にも細かい特徴はあるが、まずはこんなところ。

天目と呼ばれるものの中にも種類があり、曜変はその一つ。他には油滴(ゆてき)、禾目(のぎめ)、木の葉と呼ばれるものもある。油滴は曜変と似ているが、もっと粒が細かく色は灰色。禾目は兎の毛に例えられるような、模様が粒ではなく細かい線となっているもの。木の葉は、本当の木の葉を焼く時に陶器に貼り付けて、その葉脈を写したもの。

その中で最上と言われるのが曜変天目。これは現在のところ、世界に三つしかない――なぜか本場のはずの中国にも伝世の完品は伝わっていないそうだ。その三つが全て日本にある。

一つは静嘉堂文庫蔵の曜変天目。稲葉家に伝わって来たもので、別名「稲葉天目」ともいう。星が大きく、青が鮮やかで、わたしが最初に見たのはこの茶碗。


ニッポンの名茶碗100原寸大図鑑

二つ目は藤田美術館蔵。星というよりはむしろ天に開いた黒い穴のような印象で、こちらは虹色の空の部分が美しさだと思う。同じ曜変天目といっても受ける印象はだいぶ違う。

三つ目は龍光院蔵の曜変天目。あまり図版やテレビなどに登場することもなく、その姿に馴染みがない。写真で見る分には地味な印象。他の二つがぎらぎらした輝きを持つのに対して少しくすんでいるかもしれない。いわば薄雲のかかりたる空にきらめく銀の星。細かい傷もあり、一度は割れたのではないかと思う傷の走り方。修繕したのであれば、それもまた心のこもったいい仕事。

残念ながらいまだに実物を見たことはない。静嘉堂文庫蔵のものは数年に一度展示されるそうだ。藤田美術館は現在建物の建て替え工事のため閉館中。龍光院蔵のものは今まで滅多に見せてこなかったらしい。

手の中にあるその器を想像する。その冷たい手触り。柔らかみ。重さ。手への馴染み。

が、この曜変の以前の持ち主である三菱財閥の岩崎小弥太は――自分の持ち物であるにもかかわらず、恐れ多いと言ってこの器を使うことはなかったそうだ。その姿勢を謙虚とするのか、それとも死蔵と見るのか。

茶器として生まれたからには使われる方が器の幸いだと思う。茶碗の価値は、美しさとともに「使われること」にある。使われてこそ器本来の命の輝き。しかし実際、この器で茶を点てるとなると傷をつけるのが恐ろしい。何しろ国宝である。茶筅の柔らかさではちょっとやそっとでは大丈夫だろうが、万が一、星に傷でもついたらと思うと。

多分ずっと曜変天目は美術館の保存倉庫に、あるいはガラスケースのなかにうずくまる。見られるだけの存在として。器の、それは死とはいいたくはないが――覚めることのない長いまどろみ。

 

 

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