いろいろ徒然

◎美しい漢字集め。

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日本で使われている文字には三種類あります。漢字とひらがな、カタカナ。それにアラビア数字を加えればなんと四種類。わたしの知る限り日常の文章を書く時に四種類の文字を混ぜて使う言葉は他にない。

これは普通に考えれば非合理的かもしれない。そもそも漢字という複雑な文字を使うこと自体非合理的なのではないかという議論も昔、ありました。漢字の使用を止めようとか、日本語を止めて英語あるいはフランス語を国語にしようなどと言った人も。

特に日本語を唱えたのが、実績のある政治家(森有礼、尾崎行雄)と高名な小説家(志賀直哉)ということで、この人たちは一体何を考えて……と現在のわたしは思うけれども。しかも志賀直哉は別にフランス語を喋れるわけではなかったそうなんですよ。母国語を自分が知りもしない言語に変えようとは、なんたる無責任な発言か。

その発言の背景には「戦争に負けた日本」という価値観の崩壊があったらしく、良い意味では社会的起爆剤、悪い意味ではどうにでもなれというやけくそ――の上での発言らしい。実現しないだろうと思っていたからこその放言でもあったでしょう。後世のわれわれとしては、こういううっかり発言の果てにうっかり日本語を失くしてしまう流れにならなかったことを感謝したい。言葉は文化の魂ですから。

◇   ◇   ◇

漢字は効率、非効率で考えるとたしかに弱点もあると思う。なにしろ覚えるのが大変。常用漢字で2000字強――これを一から覚えるとなると絶望的にもなります。日本語を勉強する外国人の方には本当に大変なハードル。自分が逆の立場だったら絶対出来ない。

が、その大変さを補ってあまりある美点もあると思います。多分この点についてはいろいろな議論がすでにあると思うのですが、わたしが思う漢字の最大の美点は、シンプルにその美しさ。物語を含んだ美しさ。

漢字を一文字選んで見つめてみてください。たとえば「花」。その文字を見るだけでいろいろなイメージが浮かんで来ませんか。薄紅の花の色。風に吹き散る桜。花びらに触れた時のベルベットのような感触。いろとりどりの花々。菜の花畑。光に透ける藤の花。花びら。花嵐。風花。百花繚乱。花影。花神。花火。

意識しているかどうかに関わらず「花」の一文字だけでイメージがどこまでも広がります。これは表音文字には出来ない技だと思う。英語話者が「A」の文字を見てイメージが広がるものか訊いてみたい気もします。表音文字の場合は一文字では意味をなさないから、一単語じゃないと不公平でしょうか。「flower」の一単語で数々のイメージを楽しむという遊びが出来るのかしら。flower-garden、sun-flower、flower-bedなど、意味の広がりを楽しむことが出来るのかしら。

昔、テストの空き時間や暇な授業中、紙と鉛筆があれば出来る暇つぶしはいろいろやったけど、その中に「美しい漢字集め」がありました。テストの問題用紙の裏側など紙の余白に適当な大きさの格子状の線を引き、三十から四十、マス目を作る。そこを自分のお気に入りの漢字で埋めていく……というもの。

紅。蒼。花。風。海。旅。真。景。流。都。
空は好きだけれど、空虚や空腹という熟語も形作るのでお気に入りに入るかは微妙。気分によって入れたり入れなかったり。
夢。希。樹。翠。雅。聖。清。心。奏。響。
忘れちゃいけない、美。

単に上から順番に書いていくのではなく、書く位置もそのマス目内で自由な位置に書き込んでいく。この漢字の隣にはこれ。この漢字とこの漢字は合わない気がするので遠くへ離そう。――傍から見ると何かのパズルに見えると思います。あるいは暗号とか。マス目を全部埋める頃にはテストの時間終了。暇つぶし完了。

好きな漢字だけを並べた表を見ていると幸せを感じました。紙と鉛筆と頭だけで作れる宝石箱みたい。テストが終われば忘れてしまうのですが、それでも何年後かに昔の書類の整理をしていて、テスト用紙の裏側に見つけて懐かしい思いをしました。

ちなみに漢字を命、剣、王、敵、炎……と並べていくと中二病漢字集め。呪、闇、影、魔、滅……などと並べていくと黒魔術漢字集めというバージョンも出来ます。どんなテーマでも自由自在。漢字だからこそこういう遊び方が出来ます。英語のアルファベットだと27文字しかないし、そのなかで好きな文字を並べても心躍るような気がしない。

こんな風に楽しめる漢字は、文字として優れている。習得するには時間がかかるし、死ぬほど繰り返されるテストも嫌なものですが、仲良くなったらこれほどいろんな方向から楽しめるものもない。造型的にはハードルは高いけれども書道、書の鑑賞なども楽しめるし、漢字に親しめば漢詩に対しても親しみを覚える。……現代においてさすがに漢詩にまで馴染むのは長い道のりになるかもしれませんが、興味の幅は広い方がいい。漢字を好きになると楽しいと思います。

◇   ◇   ◇

こんなことを考えていたら、ちょっと面白い商品を見つけました。


ながめて楽しい 漢字5万字 [ 大修館書店編集部 ]

まあ買うかというと買いませんが。

面白いんだけど、これはよほどの漢字マニア向けの商品ですね。一枚で作っているということは一目で全部を見ることを想定しているはず。でもこのサイズでは個々の漢字が認識できない気がしますしね……。壁に貼るなら至近距離で見る場所に貼る必要があるのではないでしょうか。

むしろ貼らずに、一枚で使える漢字リストとして使った方が面白い気がしますね。読める漢字を薄い色で塗りつぶしていくとか、それこそ好きな漢字だけ丸をつけていくとか。

しかし発想としては面白い。漢字離れの時代だから余計。親が子に与えると漢字嫌いを生産する第一歩になりそうだから止めて欲しいですが、親が自分の楽しみのために買うと子供が漢字に親しみを感じるきっかけになりそうですね。

 

 

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