前回東京都庭園美術館関連でこの本を紹介したら、語りたくなりました。
これはね!本当に名著ですから。絶版にしてる場合じゃないですよ、筑摩書房!
この本を絶版にしておいていいの?松田哲夫。
(松田哲夫というのは筑摩書房の名物編集者・現顧問)
【中古】 アール・デコの館 旧朝香宮邸 / 藤森 照信 / 筑摩書房 [文庫]【メール便送料無料】【あす楽対応】
ちなみに売り手である「もったいない本舗」さんは、こないだ自分が購入した時に
すごく真面目にリサイクルを考えているなあと思ったところ。好印象でした。
「アール・デコの館」の優れた点。
この本は1984年に三省堂の単行本として発行されたものを、1993年に筑摩書房が
ちくま文庫として出したもの。この文庫化が筑摩の英断でしたね。
一般的に、写真がメインの本を文庫化するのはそんなにないと思います。
やっぱり文庫は低コストでなんぼ。カラー写真をたくさん載せると印刷代も紙代も大変。
しかもこの本は写真の方がメインですから。
本の全体は解説まで含めて219ページ。
増田彰久さんの写真が128ページまで、写真はカラー。
藤森さんの文章が214ページまで、白黒。しかし文章中にも作例写真が豊富に
載っているので、実際の文章としては60ページくらいなのではないか。
残りは解説。
写真家・増田彰久さんの写真が美しい。
さっきも言いましたが写真がメイン。
図版多数なので引きの写真もインテリアを寄りで撮った写真も多くてありがたい。
増田さんは日本の西洋建築を専門に撮る写真家です。
増田さんの写真は端正。対象物をまっすぐに撮る。
不自然に曲げたり広げたりして「これが俺のアングルだ!」という顔もしないし、
夕焼けなど、特殊な光の力を借りることもない。
被写体そのものとまっすぐに対峙している。
そしたら、今まで知らなかったのですが、こういう経歴の持ち主なんですね。
日本大学の写真学科を卒業し、大成建設に入社して本来は「自分が」写真を撮って
社外PR誌を作るはずが、最終的には写真撮影は外部委託になってしまう。
それも理由が「屋外撮影をしていると会社に不在がちになるので望ましくない」だとは。
それだけが理由かどうか正確なところはわからないですが、辛かっただろうな。
例えていえば、アイドルになりたい女の子がマネージャーにさせられるようなもの。
自分がやりたい仕事を他人が目の前でやっているのを見るのは辛いと思う。
会社を辞めようかとも思ったそうですが、辞めずにPR誌や社内報の仕事をしたそうです。
会社の仕事にも楽しさを感じるようになり。定年まで勤めあげたとか。
建築の撮影は休日に仕事とは関係なく続けてたそうです。
そのうちその写真が認められるようになる。初めての本を出す。
1971年の本。これ復刊です!復刊は名著の証拠!しかしお値段30800円!高い!
ここに文を書いてるのが日本でも指折りの建築史家・村松貞次郎。
この人、藤森さんのお師匠さんなんです。
そうかあ、そこで繋がってくるんですね。
見つけた道を地道に辿ることも偉業だなあ。
過去のある一点から見ると、ずっと先まで見通せるような変哲もない一本道に見える。
それがこういう到達地を得た。
大成建設で写真の仕事が出来なくなった時は失望もしただろうけれども。
藤森照信さんとは。
藤森照信さんはかなりテレビには出てる人ですけど、
果たしてどのくらいの人が認知しているんでしょうね?有名?
建築史家で建築家です。というか本来は建築史家一本やりだったのですが、
45歳で初めての建築を世に出してから、今はむしろ建築家として広まってるのかな。
藤森さんの建築について、素人が言うとしたら「すごく変わった建築」。
これはわたしのような保守的な者にはとうてい受け入れられない……。
わたしは建築は1に機能性、2に経済性、3にデザイン、4にコンセプトだと
思っているので。
でも藤森さんの建築は、茶室が多いんですよね。茶室ならいいかな。遊び心全開でも。
美術館や博物館などの公共建築も多いので「機能性、経済性は大丈夫だろうか」と
心配になるんだけれど、ここは発注者及び使用者が満足していることを祈る……
建築史家としての藤森さんはすごく優秀。
学術的にもすごく優秀なのだと思うが、そこはわたしにはよくわからないところだから
おくとして、素人相手の一般書をたくさん書いてくれたことで優秀。
文章が上手いんですよ。すごく読みやすい。
正直この「アール・デコの館」はどっちかというと硬めの部類に入りますが、
「建築探偵シリーズ」なんかはぱっと読めて本当に面白い。
ううっ、これももう古本しかないですか……。名著なのに。
朝日文庫もがんばれ。
これも増田彰久さんと組んだ本です。シリーズは全部で4冊。
このクオリティの本を文庫で出してくれたのは本当にいい仕事でした。
藤森照信さんの文章が簡にして要。
「アール・デコの館」ではたった60ページしかないのに、旧朝香宮邸についての
概説及びその周辺の知識も必要十分に書いてくれています。
文章のテーマが「日本のアール・デコ」ですから、旧朝香宮邸ばかりではなく、
もっと大きな流れがわかるようになっています。
このテーマで単行本1冊まるまる読むよりわかりやすいと思う。
当時は一般には公開されてなかった旧朝香宮邸と藤森さんの出会いがマクラで、
アール・デコ以前の日本の西洋建築の流れ、
1925年にパリで行なわれたアール・デコ博覧会の説明と対する日本の状況、
ちょっと話は飛んで、アール・デコがどんな風にアメリカを風靡したか、
続いて昭和初期の日本建築デザインの状況。
朝香宮とアール・デコ博覧会の関わり、
天皇、宮家、華族のそれぞれの住居傾向、
旧朝香宮邸設計の流れと、実際に携わった人のインタビュー、
館の間取りの説明と訪問記。
この内容を60ページで!内容がきっちりつまって、しかもわかりやすい。
過不足なく、という言葉がぴったり。ありがたいことです。
解説が赤瀬川源平さん。
赤瀬川源平さんは2014年に亡くなってしまいましたが、「老人力」や
「新解さんの謎」を書いた……何者だろう?一言では言えません。
前衛芸術家で、随筆家。純文学作家として芥川賞も取っていて読んでもみたけど、
そこのところはわたしはピンとこなくて。随筆では気弱で繊細で思考がヘンな人。
やっぱり赤瀬川さんといえば「路上観察学会」です。
この路上観察学会で赤瀬川さんは藤森さんと大変仲良くなる。
赤瀬川さんの自宅は「ニラハウス」という作品名で藤森照信建築として世に出された
3作目だし、赤瀬川さんが生前に依頼した赤瀬川家の墓も藤森さんの設計です。
鎌倉の東慶寺にあるらしいので、いつかお参りしたい。
こう書けば解説が赤瀬川さんということには何にも疑問はないのですが、
実はこの本の解説を書いた時点では藤森さんと赤瀬川さん、面識がなかったそうです!
路上観察学会以降はすごーく仲良しなのに!南伸坊や松田哲夫とつるんで(?)、
いろいろやってるのに!
わたしは彼ら二人の「以降」だけしか知らないので、この時点では面識がない
ということに非常に驚きました。「そのうちに機会を得て『建築探偵』の話を
じかに聞きたいと思っている」なんてラブコールで解説が終わっている。
その後のことを赤瀬川さんの著作でも藤森さんの著作でもずっと読んできたので、
ここでこんなことを言ってるのかと新鮮。
赤瀬川さん好き、藤森さん好きには貴重な、そういう解説が読めます。
赤瀬川さんと藤森さんのその後の交流はこの本で。
あちこちを歩き回ってバカなことを言い合うという、大人の修学旅行的な。
藤森さんの本ではこちらもおすすめ。
日本のアール・デコについて、とてもよくわかる一冊。
アール・ヌーボーは特徴的なのでわかりやすい気がしていたのですが、
それと並んでよく名前の出るアール・デコは、実体がよくわかりませんでした。
この本を読んでからなんとなく全体像をつかみ、写真を見てなるほどと思った。
今もわたしのアール・デコの基準点はこの本です。
しかし旧朝香宮邸のデザインはスタンダードではないかもしれない。
多分皇族の住宅建築だけあってアール・デコの平準からはだいぶ甘め寄りで、
柔らかさと華やかさがプラスされていると思います。
世界のアール・デコ建築では……わたしはやっぱりこれかなあ。
英語版ウィキペディアのMisterweissさん - 投稿者自身による作品 (Original text: I created this work entirely by myself.), パブリック・ドメイン, リンクによる
ニューヨークのクライスラービル。
とんがっているのとかアーチは必須条件ではないけれども、現代のビルと比べてスタイルは
はるかに優美。アール・デコは「装飾性を排した」とよく言われますが、
それはアール・ヌーボー様式辺りと比べてのことであって、
縦と横の直線で出来ている現代建築よりは装飾的です。
内部もデザイン性があり、エレベーターホールなども味があり。
かたや高層ビル、かたや邸宅、と求められる機能も違うし、同一に語れるものでは
ありませんが、美しい建築群です。
藤森さんはアール・デコを一言で表現する言葉として「鉱物感覚」といっています。
これは言葉として定着はしていないようだけれども、ありだと思うなあ。
アール・ヌーボーが「植物感覚」であることに対応する「鉱物感覚」。
無機物の冷たさもあり、しかし幾何学の数字だけでなりたっているわけでもない。
生命の存在も感じさせる。
まさに言いえて妙。この言葉、定着させたいものです。
アール・デコについて心のもやもやを解消したい方におすすめの本。
美しいアール・デコのインテリアを見たい方にも見ていただきたい本です。
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