6日目のこの日の朝、まずやったことはスーツケースを宅配便で自宅へ送ることでした。
旅行自体はあと2泊残ってますが、高野山にスーツケースを持って行くのはなんか大変そうな気がしたので、高野山にはナップザックで行くことにしたのよね。和歌山市から高野山までは乗り換え4回。いや、ホテルから考えれば5回。けっこうな道のりです。
高野山までの道のりはアトラクションっぽい。
ホテルを8:30に出て、JR和歌山駅に電車で移動し、そこからJRでまっすぐ東へ向かいます。ここは先日高野口駅まで乗った電車で、この2度目の移動が損している気がしてちょっとイヤです。やっぱケチ?
まず和歌山市駅からJR和歌山駅へ行くんですよね。そしてJR和歌山駅から橋本駅まで乗ります。高野口駅のもっと先。40分くらいですか。
橋本駅の待ち時間で、ホームでいろいろ食べました。11:00なのでこれを昼ご飯とする。昨日買いすぎたせいで、今朝の朝ごはんでも食べ終わらず、ツナマヨおにぎりとバナナとお菓子を持ってきている。こんな時間が一番旅だなあ。
高野山の方向を見ると、九度山から見た時のように、山には濃い靄がかかっている。

橋本駅から先は南海高野線に乗り換えです。知らなきゃ絶対に読めない「学文路」駅。これは「かむろ」と読むそうです。読めるかーい!!その次は、わたしが電車代をケチって行かなかった九度山駅。ここで通り過ぎます。九度山駅には六文銭や家紋モチーフが大量にあって、さすが真田幸村ゆかりの地。
南海高野線は山にさしかかるに従って登山電車、というかトロッコ電車みが出て来ます。すごい高いところを通るし、キーキー言うし。さすがに黒部トロッコ電車ほどキーキー音は大きくありませんが。これ、けっこう勾配がすごいんじゃないかねえ。
車窓から外を見下ろすと、線路が崖というか、山のキワキワに作られてるんですよねー。若干ジェットコースター的な。しかも下がものすごく下。ちょっと驚くんですけど、眼下に民家があってその屋根がまるまる見えるんですよ。斜めからではなくほぼ真上にいる感じ。下手なジェットコースターに乗るより、南海高野線の方が面白いのではないか。
電車はうねうねと崖をめぐり、終点の極楽橋へ。

あれが極楽橋ですか?
きれいな駅でした。思ったより広い。そしてここからはケーブルカー。

ここの勾配のすごさよ。その勾配に合わせてケーブルカーの車体もものすごく傾斜のある形に作られてました。先頭と最後尾の標高差(?)がすごそう。ケーブルカー乗車中は両脇に繁る木々に遮られてほとんど眺望は開けませんが、ケーブルカーの素敵な内装がその代わりになります。きれいに作ってありますねえ。
ケーブルカーの乗車時間は5分ほど。降りるとそこから高野山中心部までバスです。連絡している様子なので、モタモタしないでバスに乗ることが肝要。バスもバスで山道をうねうねと走るので、若干車酔いに注意でしょうか。時間はそれほど長くないので、気合で乗り切りましょう。
霧がかかって、下界は見えない。高野山の大門がのっとその威容を現す。
奥の院へ。
ナップザックで移動したのは、このバスで直接奥の院へ行きたかったからでした。ケーブルカーの高野山駅から奥の院へはバスで直接行けて、かかる時間は30分くらい。でも途中にある本日の宿坊に荷物を預けるために降りると、そこまで歩いたり、チェックインしたり、荷物を預けたりで結局1時間くらいずれこみそうだったので。
バスは「奥の院前」バス停に停まります。
そこから奥の院まで向かうと、なんか思ってたのと違う。

高野山奥の院への道って、こんな高い杉並木だった……?今まで見て来た写真・映像と違う。
そう思っていたら、会社のお墓?供養碑?が続々と出て来ました。思ってたんと違うが、これはこれで面白い。

ヤクルトの形だったり、コーヒーカップの形だったり。シロアリ駆除の会社だろうか、シロアリの慰霊碑を建てるなんて、いったい他の外国ではあるのだろうか。前にテレビ番組で、たしかアース製薬が虫供養やってるの見たなあ。いかにも日本的。なんかちょっとほろりとする。
進むにつれて、奥の院!という雰囲気が出て来ました。

4枚目のピラミッド状のものは「無縁塚」だそうです。何百年かの風雪に耐え……という風情に見えていたが、AIが「昭和59年に一カ所に集められ」なんていうもんだから、どうなのかなあ。AIのいうことは正確性に欠けるからなあ。ちょっと検索してみましたが、いつからあるものか見当たらなかったのよねー。
頌徳殿。
この厳めしい名前に反して、休憩所……らしいです。

らしい、というのは、わたしはここで法話を聞いたから。休憩所兼法話所。法話の時間が決まっていて、間もなく始まるところだったから、これも御縁だと思って聞いてきました。
……今となっては内容はほとんど忘れているが、御詠歌をうたってくださいました。御詠歌という言葉はよく聞くのだが、実際に聴いたのは初めて。お経に近いものだろうと想像していたが、もっと民謡っぽい?「歌」って感じでした。お経よりは素人にも親しみやすかったんだろうなあ。花山法王が始めたと言っていた気がした。
お話の内容で疑問点があったので、法話の後にお坊さんを引き留めて質問をしました。奥の院にいます弘法大師に、毎日ご飯を供えるというのは有名な話だけれども(生身供=しょうじんぐというそう)、その時間が6時と10時半なんだって。……朝と夕なら話はわかる。百歩譲って朝と昼でもまあわかる。でも2回目のお食事が10時半というのは早すぎない?
これに対して、そのものスバリ!という回答ではなかったけど、おそらくこういう理由、ということを聞きました。なんとお坊さんは修行中「基本的には12時過ぎには物を食べてはいけない」んだって。それに準じているんじゃないかと。
えー?それは辛すぎる。虐待なのではないか。いやむしろ16時間ファスティングの先取り。――でも今は夜にちょっと食べるのは認められているらしい。でもその時はちゃんと袈裟を脱いで決まりをつけるんだって。なるほどー。いろいろ作法があるだろうし、12時ぎりぎりだと過ぎちゃったりするから、余裕をもって10時半なのか。
あともう一つなんか訊いたことあったんだけど忘れてしまいました……。ごめんなさい。引き留めたことに対してお詫びを申し上げたところ「興味を持って訊いてくださるのはありがたいことです」と言っておられました。島根県の、たしか大田市のお寺から来ているという、木村拓哉と同じ年のお坊さんでした。
ではこれから、奥の院へお参りします。

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