14.高野山奥の院、その参詣道。

和歌山/2026

どこが奥の院か、正直最初は迷いました。

奥の院のスターウォーズ感。

実は頌徳殿から出てすぐ、立派な建物が続くんですよね。最初はこれが奥の院……?と思いかけた。でもちょっと違うかな?よくよく確認したら、これはまず御供所(弘法大師の食事を用意するところ)の建物、その隣は奥の院押印所、そして護摩堂、らしいです。このひとかたまりの建物はかなり立派なので、奥の院と間違えないように注意。まあわたしのようなうっかりさんじゃない限り大丈夫でしょうが。

奥の院はわたしが思っていたよりさらに先、100メートルか200メートル離れていました。

御廟橋からまっすぐの道を、階段をのぼって。

奥の院は写真撮影不可。中に入ると堂内は思ったより暗く。その暗さは古い寺院のものというより、きっちり現代の照明デザインを取り入れた暗さ。内部は思ったよりはるかにモダンでした。SF的。「スターウォーズ・エピソード1」を思い出した。この作品は今となっては30年近く前(……)の映画ですが、当時は大変にSF的に完成されたデザインでした。

善男善女が御大師様に手を合わせる。ここに弘法大師が現在も生きているものとして存在する。
毎日食事が供され、薫り高い香が焚かれる。薄暗い空間で、デザインされた照明の宗教空間を味わう。

建物から出ると大きな灯篭が。

夜はこの灯篭が闇を照らすのだろう。

奥の院、参詣道。

雨が降っていただろうか。

高野山は湿度が高く、霧もかかれば雨も降る。その証拠に苔が――苔が我が物顔に繁茂している。水気をたっぷり含んで石をいつまでも濡らしている。何もしないまま時が過ぎたら、五輪塔はすっぽり苔に覆われてしまうに違いない。腐海のように。

五輪塔は、下から四角、丸、三角錐、半月方、宝形の五つを積み重ねたもの。地・水・火・風・空を現すというが、――丸の部分が顔に見えてしょうがない。いつまでも立っている、いつまでも待っている、立たされ坊主。

歴史上有名な人物の墓が目につく。バス停を降りてからのしばらくは現代の会社や団体のものが多かったが、奥の院のお膝元であるこの辺りは戦国武将が多い。とはいえ、見逃したものも多く、そこは心残りだった。

 

豊臣家の墓所。一族が集まっているが、最初からまとまって葬られたわけではないらしい。昭和になってから合葬されたものもあるはず。今、「豊臣兄弟!」を面白く見ているのでちょっと思い入れ深く見た。

 

参詣道は昼なお暗く。

 

 

庄内藩主酒井家墓所。

 

石田三成墓所。

 

 

伊達政宗墓所。派手な男のわりに墓所はそこまで派手ではなかった。まあ仙台の瑞宝殿は極彩色のキラキラですが。

森の中を歩く道は静かで。時折はすれ違う人もいるけどそれは一瞬。特にわたしのように奥の院からこの時間に下って来るルートを選ぶ人は少ないらしく、ほぼ前後に人はいなかった。

水分を含んだ苔が愛おしい。少し触って、その感触をたしかめる。雨の日の供養塔はいつもいつも苔に水を含み、ときおりはわたしのようなちょっと変わった旅人が立ち止まって、その感触をたしかめたことだろう。押される苔にとっては迷惑な話。

ゆっくりと降りてくる坂道が、聖地と現世の渡り道みたいだった。こんな静かな場所で御大師様のおひざ元で眠れるなら、それは人々に安寧を約束するものだったろう。敵も味方も。過去も現代も。みな一緒になって雨と苔の石の間に身を隠す。

現世に戻って来た。

一の橋までが墓所エリアなのだろうか。奥の院から2キロ弱を1時間強かけて歩いて来たのだから相当ゆっくり。道はうっすらと下り坂で、歩いて楽しい道です。木と塔と苔の道。過去の偉人たちの道。

でも注意して歩いて来ても、だいぶ見逃した供養塔が多いのは若干残念でした。これはやっぱり地図を見ながら歩かないと見逃す。だが地図を見ながら歩くと情緒を味わえないからなあ。

人界に戻って来て急速に気づいたことがあります。――ハラガヘッタ!
よく考えると橋本駅で食べたバナナとおにぎりとお菓子を食べたが、それも11:00頃でした。今15:00。量と時間的にそりゃオナカ空くわね。

ふと見ると、目の前にオナカに溜まりそうなものを売ってる飲食店が!これは御大師様のお導き!

「上きしや」さんの餅天ー!とゆずスカッシュー!餅天はイチゴです。
良かった。ここにお店があって良かった。他にお客さんはおらず、カフェコーナーを独り占めしてくつろぐ。いやまあけっこう歩きましたよ。12:30に奥の院バス停で降りて――いや、その後、頌徳院で法話を聞いている間は座っていられたんだな。すると歩いたのは1時間半くらいか。こういう時のために非常食を持って歩いているはずなんですが、やっぱり座って休みたいしね。

30分ほどの休憩でした。ちょうどいい。その後、すぐそばの高野山大師堂というお香屋さんでお香を買う。地元の由緒あるお香屋さんで香を買うのが好きなんです。

「クレジットカード使えます?」
「使えます。けど、現金の方がありがたいですわー」
「じゃあ現金で。……代わりといってはなんですけど、おつりを10円玉でいただけますか?」
「10円玉?」
「お賽銭でたくさん小銭を使うので、足りなくなって……」
「ああ。……1円にしますか?」
「1円はさすがにご利益なさそうですから」
笑って別れる。

高野山を訪れるみなさん。お賽銭はたくさん必要なので、それなりに用意して行った方がいいと思います。わたしはなければないで「すんまへん」と心の中で謝ってゆるしてもらうけど、まあ小なりとお賽銭はあげられた方が気分が楽ですからね。

このあたりからは宿坊が並んでいます。宿坊というのはどういうものなんだろうとイメージもないまま来ましたが、つまりはお寺でした。それも、外から様子はわからない、奥まった風のお寺。なるほど。観光客には開いていない、しかし宿泊客は迎え入れるお寺なのね。そのバランスが難しい。

刈萱堂などを見つつ、少し先までとぼとぼと歩きます。疲れた身には微妙に遠い、650メートル。今夜は安養院へ泊まります。

 

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