イタリアはわたしのヨーロッパの第一歩でした。今にして思えばそこから始めて良かったと思う。
行き先をイタリアにしたのには特にこれという理由はありませんでした。その時一緒に旅行をすることになった大学の時の友人2人とわたしが、共通で好きだったのがイタリア。「じゃあイタリアにする?」というようなノリで、実に簡単に決まりました。わたしはイタリアとイギリスとフランスとエジプトはいつか行ってみたかったから、この4つのどれかであればどこでも良かったのです。
考えようによっては、いまだに行けてないエジプトにこの時に行っておけばよかったかも。エジプト一人旅は他と比べてハードルが高いしなあ。ちっ、しまった。……今さらですね。
昔々、イタリアへの旅のお話です。
英語のつまづき。
この時の飛行機はオランダのKLM航空。
成田空港からオランダのアムステルダム・スキポール空港経由でローマへ飛びます。成田-スキポール空港は11時間半でした。わたしは海外旅行はこの時二度目で、最初は香港だったので、このフライト11時間半はちょっとコワかった。こんな狭い飛行機の中で我慢できるもんだろうかと。
この飛行機の中で、ちょっとした挫折感を味わいました。何の挫折かというと、英語について。
当時は特に英語が喋れるわけではなかったです。でも苦手意識もなかった。単語を並べればだいたい通じると思っていて、実際初めての海外だった香港では特に挫折の記憶はなかったんです。でもこの飛行機では2度ほど凹みました。
ひとつめの挫折。
飛行機に乗って、座席の上部の物入れにバッグを入れようとして届かなかったんですよ。平均身長のせいか(オランダ人の平均身長は世界一)、物入れの位置が若干高めで。スチュワーデスさんに(当時はスチュワーデスさんですね。今はCA、キャビンアテンダント。)頼むという選択肢もあったが、乗客が乗り込んでいる最中の飛行機の通路は混みあっていて、人間の自由な通行を許さない。
近場の背の高い男の人に声をかけました。「excuse me」は普通に出た。その次に何ていったらいいんだっけ?一瞬わからなくなりパニック。
この時ワタシ、「Can I help me?」って言ったんですよね。
私は私を助けられますか?
わたしならば「知らんがな」と答える。笑いまじりにしてもどうしてもつっこむ。
でもその男の人は「知らんがな」ということもなく、快くわたしの荷物を上げてくれました。Thank youと嬉しくお礼をいってその場は終わったが、席についてから自分の間違いに気づく。Can you help meじゃん!Can Iじゃ意味わからないよ!
それに気づいて恥ずかしくて恥ずかしくて。世界で誰も気にしないだろう間違いでも、自分は恥ずかしくて。だからこうして、数十年経ったあとでも覚えているんです。
今はもう恥ずかしくない。そんなことで恥ずかしかった頃の自分が微笑ましい。若い時のヒリヒリとして自意識というのはご苦労さまなものです。
ふたつめの挫折。
英語の件ではもう一つありました。
夜。飛行機のなかでの夜。寝にくいところを何とか眠り、ふと目が覚めた時。
飛行機の中って乾燥してますからね。のどが渇いていたわけです。CAを呼んでお願いするという手もありましたが、座りっぱなしで体も固まっていたし、トイレへ行くついでにCAさんのところへ行ってお水もらってこよう。
CAさんに「水が欲しい」。そう言おうとして固まる。
water,please.――この「water」が口から出て来ないの。
えええっ、どうして?水だよ、水。water。英語の授業でかなり初期に習うし、全然難しい単語じゃないだろう!
……が、けっこうwaterの発音ってハードルが高いんです。アメリカ英語的にいうと多分「ワラ」。イギリス英語的にいうと「ウォウタ」。どっちにせよ、いかにも英語っぽい単語。それを第一の単語で口にするのはすごく恥ずかしい。勇気が要る。
3人のCAさんが何か言いかけて固まっている東洋人の言葉を待ち構えている。わざわざexcuse meと近づいていって何も言わず仁王立ちになっているのだから当たり前である。この間せいぜい2、3秒のことかと思いますが、わたしにとっては無限に長い時間でした。
「ウォーター、プリーズ」。なんとか口にした単語は、この上なくカタカナ英語でした。英語の授業の音読並み。(学校時代の英語の授業ってそれらしく発音するのって恥ずかしいよね)でもまあ何か言わないと始まらないと判断した。案の定一発では通じないわけですが、何かいうことで呪縛が解けて、何か飲むジェスチャーも出来るようになる。
最終的には、一人のCAさんが気づいて「oh、ワラ?」と訊いてくれました。……そう。それ。機内食の時に出て来るパックのミネラルウォーターを貰って帰りました。いやー、たかが水でこんなに冷や汗をかくとは思わなかった。
なお、今はそれほどwaterに苦手意識はありません。でも日本人にとって勇気がいる単語ではあると思う。
そういう時はどう解決するかというと、苦手な単語が先頭に来る文章を避けるといいですね!この場合、waterを最初に発音しようとするから難しいのです。
たとえば「mineral water,please」とか「a glass of water,please」なんていうと、最初に最難関のwaterが来ない分言いやすいし、相手も文脈で察してくれやすい。これは逃げではありません。テクニックです。
ちなみにこの飛行機での時かどうか忘れたけど、機内食の時にCAさんに訊かれて、聞き取れなかったこともあるんだよなあ……。「ピーク オア チキン?」と聞こえて、何、ピークってぇぇぇ!とパニック。
が、シチュエーション的にはどう考えても機内食を選ぶシチュエーションだったし、聞き取れた方のチキンを選んで問題なし。これは逃げではありません。テクニック!
のちに確認すると、ピークではなくてbeefでした。beefがピークに聞こえる世界、それが英語。……つまり分からなくったって当たり前なんや!すべてはトライ&エラー。
スキポール空港は広大。
KLM航空はオランダの航空会社なので、一旦オランダ・スキポール空港に寄ります。
スキポール空港は世界有数の広さを誇る空港です。乗り継ぎ利用の際の移動は注意。鉄則は最初に出発ゲート付近まで移動を済ませておくこと。
スキポール空港は売店が充実しているので、ついつい途中のお土産屋さんを覗きたくなるんですよ。可愛い小物系のお土産の充実ぶりでは世界一かもしれない。ミッフィーグッズも豊富だしね。
しかしそこで足を止めてしまって飛行機の出発に間に合わなかったら目も当てられない。まず出発ゲートの場所を確認しましょう。多分かなり距離を歩きます。その上で時間があればお土産を物色する。
往路の乗り継ぎ空港でお土産を買ってどないすんねん、という意見もありますが、……ミッフィー好きなんだもの!
緊張であまり眠れなかったこともあって、スキポール空港にいる頃は眠すぎて気持ち悪くなっていました。まだイタリアへの道のりは長い。オランダからローマへの飛行機は小さくて、ほとんど国内便の大きさ。そうかあ、そうなのねえ。やっぱりヨーロッパはEUなのねえ。
オランダ-ローマ間はほぼ寝て過ごしました。寝てる間に機内食だっつって起こされる。「いらん!」と言ってまた寝る。何しろ日本時間で朝の4時頃ですからね。
よく時差ぼけの防止法は、出来るだけ早く到着地の時間で行動を始めること、なんて意見も見ますが、出来ることと出来ないことがあります。4時に朝食なんて絶対無理!
送迎付きの場合もリスク管理を。
ローマに着いたのは結局22時過ぎでした。夜が遅いローマとはいえ、さすがに空港内の人通りも少なくなっていて心細い。でもこの時のツアーは、飛行機・ホテル・送迎付きだったので夜遅く着いても心配はしませんでした。
しかし今のわたしだったら、その頃のわたしに注意を喚起しておきたい。「送迎付きだから安心というわけじゃないんだよ」と。
送迎スタッフは決められた時間まで待っていて来なかったら帰ってしまいます。飛行機の遅れの場合はそれなりに待っていてくれると思いますが、その辺は正直、人によると思う。決められた時間になったらあっさり帰ってしまう人もいるはず。
わたしは送迎の人に置いてかれたことはないのですが「もう帰ろうかと思った」と言われたことはあります。その時は、同行者がソーイングセットだかなんだったかをうっかり手荷物に入れてしまい、到着地まで航空会社預かりになってしまったんですよね。それを返してもらうために手間取りました。送迎の人は、こっちがなかなか出て来ないので、そもそも飛行機に乗らなかったのだろうと思ったとか。
のんびり行動していて、送迎の人に帰られてしまったらけっこうえらいことです。しかもそんな遅い時間に。しかも治安のそんなに良くないローマの空港で。送迎付きだと思って油断しているから、空港からホテルへの行き方なんてチェックしてないし。
添乗員付きで団体行動するがっちりとしたツアーなら別ですが、送迎付きの場合でも、出来れば到着は夕方あたりまでの便を選んだ方がいいです。リスク管理という意味で。そして「万が一、送迎の人と会えなかったら」ということも想定しておくとなお良し。
ローマはオレンジの光。
今回、ローマへ着いたわたしたちは、無事に送迎者である美人で明るいお姉さん2人と合流し、ホテルへ向かうバスの中の人になったのでした。ローマの街灯はオレンジ色。日本の白銀灯と比べてだいぶ光が暗いので、侘しい気がしたのを覚えています。
フィウミチーノ空港からホテルまで、およそ40分。
バスの窓から目を見開いてローマの町を見ていました。見ないともったいない。
目の前に突然ライトアップされたコロッセオが出現しました。「コロッセオだよ!」と思わず叫ぶ。すごい迫力。
慌ててカメラを取り出して撮りましたが……後に現像したところ(当時はデジカメすらない頃ですよー)、立派に写っていたのは交通標識。コロッセオは交通標識の向こうの真暗闇に沈んでいると思われます。後からその写真を見て、暗闇の向こうにコロッセオの雄姿を見る。というより想像する。自分だけがわかる景色。
ホテルに着いて23:20。そこからお姉さんたちの説明を受けて。美味しいお店とか教えてもらって。……が、とにかく眠い。眠い。
結局寝たのは2時でした。
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