その後、聖ペテロ聖パウロ大聖堂へ。
着いたのは8時だった。
その時はミサ中で、観光客が立ち入れるのは8:15からと書いてある。
しばらく外観の写真を撮りながら待っていると、ミサが終わったらしく、
中からシスターたちがぞろぞろと出てきた。けっこうな人数に驚いたが、
ここはブルノの中では一、二を争う格式の教会とのこと。なるほど。
St.Peter and St.Paul cathedral.
入口のドアの外からガラス越しに中を覗きこむと、正面のステンドグラスに丁度光が当たっている。
ああ、きれいだなあ……。
一瞬我を忘れる。口をぼーっと開けてアホっぽい人だったに違いない。
ドアの向こうから赤いカーディガンを着た、係員らしき女性が近付いて来るのに気づいて
慌てて表情を引き締める。
「どうぞ!」(と、おそらく言っているのであろう)声とともに、その人がドアを開けてくれる。
あれ?もう開場時間になったのかな?でも着いてからまだ15分は経ってないよね。
8:15と書いてある板を指して首を傾げたら、いいわよ、と笑って中に入れてくれた。
まだ掃除中。男の人が1人2人、大きな掃除機をかけている。彼女も片付けに戻った。
さっきはガラス越しに見たステンドグラスを、正面に行ってじっと見る。
光を受けているステンドグラスは本当にきれいだ。
光が当たらなければ単なる色つきガラスでしかないのに。
なんというか、短い言葉にしようとすると難しいが、
――光は神だ。
やっぱりぼーっとしていると、さっきの赤いカーディガンの人が、今度は
「私は英語が話せないから、これを読んでね」と言って、英語の説明カードを持ってきてくれる。
せっかくなので、最初はあまりじっくり見るつもりはなかったのだが、
お墓とか説教壇の由来をちゃんと読んでみる。……あんまり内容は覚えてないけど。
一通り見終わって、あたりを見回す。この教会は撮影禁止だったので、
代わりに絵はがきが欲しかったんです。
売店らしきものがなかったので、赤いカーディガンの人に訊いてみたところ、
片隅の小さいテーブルのところに絵はがきが数種類。小さなパンフレットも。
(わたしと同じくらい)片言の英語での熱心な説明。
「これ……スタンプ。はがき、押す?記念に」
ここの教会のスタンプがあるらしい。わたしがこれから買うはがきに、記念に押したらどう?と
薦めてくれている。絵はがきはお土産にもするつもりだったので、一旦断ったのだが、
考えてみればいい記念になりそうなので、お薦めに従って全部にスタンプを押してもらった。
一枚一枚丁寧に押してくれているのを待ちながら、なんだか幸せな気分になっていた。
遠いところから来た観光客。言葉もあまり通じない、宗教を同じくするわけではない、
おそらくは二度と会わない人間にも、こんなに誠実に対してくれる。
嬉しくなってきたので、ごく些少な金額――10コルナ2枚――を献金箱に入れて欲しい、と
手渡そうとする。すると彼女は一旦受け取った後、2枚のうち1枚を返して寄こした。
にっこり笑って1枚だけを献金箱に入れる。
なんで?と思ったが、彼女曰く、
「この10コルナ硬貨の図柄がこの大聖堂なの」
返された10コルナ硬貨をよく見てみる。たしかに大聖堂が(わりと大雑把に)描かれており、
小さくBRNOと書いてある。
ほんとだねえ!と思わず日本語で叫ぶ。
まさにその場所で渡したコインが10コルナ。
他のコインだったらこんな話は聞けなかったかもしれない。(親切なその人ならば、
別な硬貨を出した時にも10コルナの図柄について教えてくれたかもしれないが)
また幸せを感じる。奇跡というにはささやかすぎるが、良い偶然に出会わせてもらった。
幸せな思いのまま、赤いカーディガンの人と握手をして別れる。
――が、教会を出たところで考える。
さっきの朝市では撮りたかった写真を撮れなかった。同じアヤマチを繰り返していいものか?
……教会に再度入って行って、どうしたの?という顔をする彼女に、
あなたの写真を撮っていい?と訊いてみる。よくわからないようだったので、
カバンからカメラを取り出す。
「ああ、写真はダメよ、こっそり撮らせてあげたいけど、ほら、あそこに他の人もいるし」
(……と、おそらくそういったことを、チェコ語で言っている)
「いやいや、違う。あ・な・た・の」
「私!?」
教会自体は撮影禁止でも、“人”を撮るのはその限りではないはずだ。
誤解を招かないよう、さしさわりのなさそうな壁を背景にパチリ。
その人はとてもいい笑顔で写ってくれました。
……その写真をアップしたいのは山々なれども、やっぱり肖像権が気になるので
涙を呑んで諦めます。
だが。そんなことをしている間にだいぶ時が経っていたのだった。
もう8:30過ぎているではないですか。9:20発の電車に乗るつもりなのにどうしよう。
これからホテルに帰って(荷造りは済んでいるが)チェックアウトして、
駅へ行って(ホテルから駅は徒歩3分くらいだが)電車の切符を買わなきゃいけないのに。
しかし幸い、聖ペテロ聖パウロ大聖堂とホテルの距離は、思っていたよりもずっと近く、
徒歩5分で帰れたので電車には間に合った。まあ、もちろん気ぜわしかったですけどね。
Station of Brno.
駅のプラットホーム。
I took St.Peter and St.Paul cathedral with love.
I met very kind person like you,Pat,in this cathedral.
駅から聖ペテロ聖パウロ教会が見えたので、愛をこめて撮った写真。
9:20、ブルノを離れる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
余談だが、返してもらった10コルナは特別なので、財布に別にして入れました。
旅行中そうやって持ち歩いたのは当然ながら、日常生活に復帰してもそのままなので、
……わたしの財布にはそういう“特別”が他にもいくつか入っており、
経済的好転とは全く関係なく、財布は重くなるばかりです。