最近ちょこちょこ葛飾応為の名前を聞くことが増えました。もしかしてブームが来てるのかな?これから来るかな?
葛飾応為って誰?
今は、葛飾といえば北斎。しかし何年か後にはその状況は変わっているかもしれません。北斎と応為が並び称されているかも。
葛飾応為(かつしか・おうい)は葛飾北斎の娘。本名はお栄(おえい)。応為という女性らしからぬ雅号は、北斎がお栄を呼ぶときに「おーい、おーい」と呼びたてることからつけた、と言われています。
その命名の由来からして人を食っている。さすが北斎の娘。
その人生の詳細についてはあまり資料がない応為ですが、北斎とはだいぶ似たもの親子だったようです。ずぼらで家事が嫌い。絵が大好き。
北斎は生涯93回引越しをしたと言われています。江戸時代は庶民は現代よりも気軽に引越しをしたそうですが(時代劇で長屋の生活を見ても家財道具は少なそうですよね)、それでも93回の引越しは異例。
その引越しの理由は「掃除をするのが嫌だったから」。ひたすら絵を描き、散らかすだけ散らかして、暮らせないほど汚くなったら掃除もせずに引っ越す。……大家さんから見たらこれはもう相当にイヤな店子(入居者)だったでしょうねー。
こういう親父さんと、長年にわたって同居していた(ということは一緒に転居もしていた)応為も、家事をするより引越しをする方がマシと考える人後に落ちないすぼらタイプだったようです。針仕事もしない。料理もしない。お茶も淹れない。お茶は隣の店の小僧に淹れさせるという……
応為は一度結婚をしていますが、嫁いだ人も画家で、しかもその旦那さんの絵を「下手くそ」と鼻で嗤った、という話がありますから、だいぶ変人だったのでしょう。早々に離婚され、その後は北斎と親子揃って絵を描いて暮らしたようです。
資料があまり残っていないのが残念ですねー。かなり面白い人だったと思われます。
衝撃の一枚。
それなりに長い歴史のある日本画(日本の絵画)の中で、女絵描きというのは近代以前では多分めずらしい。
とはいっても、それは北斎の娘だからでしょー?北斎の手伝いをしたくらいなんじゃないのー?……と最初は思っていました。初めて応為の名前を聞いた時は。が、それと同時にテレビ画面に映された絵を見て、たちまち「ごめんなさい」することになりました。
葛飾応為「吉原格子先之図」。
Katsushika ?i, Japanese Ukiyo-e artist of the 19th century - ?ta Memorial Museum, パブリック・ドメイン, リンクによる
ちょっとネット上では残念だし、テレビ上でもそこまで高解像ではなかった気がするけど、この絵はきれいでしたねえ。
新しい。この光の使い方。
こんな絵は見たことがなかった。いうても日本画は光と陰を使うような描き方はせず、対象を隈なく映し出すものじゃないですか。ひたすら平面。
それがこんなに……言い方悪いけど、何が主役かわからないような光の当たり方。光が素直に照らし出しているのは、奥の遊女一人だけですよ。
提灯の光。相当観察したんだろうなあ。さすがに西洋画的写実とはいかないけど、光をよく見つめてよく描いている。子どもが持っている提灯の、地面への映り方は持っている手の動きにつれてゆらゆら揺れるその呼吸までが感じ取れそうだ。
こういう構図で描こうと思ったその発想に驚く。
レンブラントでもなく、カラヴァッジョでもなく……
応為関連の情報をみると、「江戸のレンブラント」という単語が時々出てきます。光と陰を操った画家、ということを言いたいのでしょうが、レンブラントの光の使い方とはだいぶ違うもののように思う。
「吉原格子先之図」を見た時にパッとつながったのが、この絵。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール - Web Gallery of Art: 画像 Info about artwork
http://www.magnificat.com/lifeteen/ image, パブリック・ドメイン, リンクによる
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール「聖ヨセフ」。
この、小さな光源で小さく周りを照らし出す風情がそっくり。
さらに似ているのがこちらの絵。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール - 1. The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202. 2. https://www.nga.gov/content/ngaweb/Collection/art-object-page.54386.html, パブリック・ドメイン, リンクによる
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール「悔い改めるマグダラのマリア」。
これなんか、かなり似てますよね。本来だったらメインで照らし出すべきマリアの顏も半分闇に沈ませる。「吉原格子先之図」でど真ん中で光が当たっているのが一人の遊女だけという小出し具合に似ている。
全力妄想。
仮説(というより妄想)として「応為はラ・トゥールに影響を受けたのだ!」と言ってみたい気持ちは山々ですが、やっぱりちょっと無理かなー。
ラ・トゥール(1593年~1652年)
葛飾応為(生没年不明)
葛飾北斎(1760年?~1849年)
応為が北斎の三女という説があることを考えると、あてずっぽうで35歳の時の子どもとして1795年生まれ。
ラ・トゥールはフランスの画家。17世紀前半のルイ13世の時代に「国王付画家」の称号も得、もてはやされたけれどもその後急速に知名度が下がり、20世紀初頭になって再度人に知られるようになったとのこと。
エレキテルで有名な平賀源内(1728年~1780年)は、西洋画の基礎的な技法を主に洋書の挿絵を通じてある程度マスターしていたそうです。遠近法とか陰影法を。
日本は鎖国をしていたとはいえ、長崎の出島を通じてオランダとの交易はかなり盛んだったようだし、そこにラ・トゥールの絵が含まれていた可能性はどのくらいか?
船で輸送するのに、絵画というのは割に合う商品だったかどうか……。蘭癖のお殿さまとか豪商は高値で欲しいと思う可能性があるだろうか。
宗教画は持ち込めないだろうな。切支丹は禁じられていたし、オランダは宗教を持ち込まないという約束で貿易を許されていたはず。その辺りは神経を使うだろう。
ラ・トゥールは風俗画も描いたようだけれど、そっちは光の使い方がかなりフラットです。ラ・トゥールが風俗画を描くとこうなります。
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール, パブリック・ドメイン, リンクによる
とても同じ人が描いたとは思えないけど、
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール「いかさま師」。
目つきが怖すぎます。これは昔、ルーブル美術館のガイドブックの表紙だったこともある絵。正直、星の数ほどある名画の中でこれを使う?と疑問に思ったけれど。
ラ・トゥールは決して多作な作家というわけではなかったそうだし、ラ・トゥール自身の光と陰の絵が日本まで来るという可能性は低いかもしれない。……ではその弟子の絵だったらどうだろう。
たとえば生前から評価の高かったダ・ヴィンチの絵が江戸時代の日本に来ることはないだろうけど、ラ・トゥールの――100年前に流行って、その後忘れられた画家の、あるいはその弟子の――絵ならば来る可能性もあったのではないか。うーん。蓋然性は乏しいけれども可能性としてはゼロではない。
でもネックは宗教画ということですな。宗教心・敬虔さを表すと思われる光を風俗画で使った可能性は低いかもしれない。
写真が実用的になったのは1800年代半ばころだそうだし……。うーん。写真は無理か。
あかん。手詰まり。可能性はそうとう低い。妄想終了。
応為についての本。
あまり資料がないわりに小説はいくつか出ています。
わたしは小説のうち1冊を読んだことがあるのですが、それは面白くなかったので挙げません。不思議なくらい面白くなかった。期待して読んだのだが……。
以下はわたしが今後読んで行こうとしている応為関連本です。
朝井まかて「眩(くらら)」
朝井まかてさんはまとめて読もうとしてリストアップしている作家です。今までまったく読んだことがない。
資料が少ないところをフィクションとしてどうやって埋めるかが期待ポイントですね。
杉浦日向子「百日紅(さるすべり) 上下」
杉浦日向子さん。しばらく前にお亡くなりになってしまいましたが江戸時代に精通した、江戸時代が大好きだった考証家・漫画家でした。テレビでいつも着物で、着物好きなんだなーと思っていましたが、呉服屋さんの孫娘だったようです。さてこそ。
「百日紅」は北斎を中心に描いた漫画だそうですが、北斎の身近にいる人々もたくさん出て来るそうです。当然、娘である応為も。マンガというよりも浮世絵に近い絵が独特です。
キャサリン・ゴヴィエ「北斎と応為」
これを書いたのはカナダ人作家だそうです。カナダ人作家が江戸時代物を!?と驚きました。どの程度考証して書けるんだろうなあ……。日本人の見方とは違うところもあるだろうし。でもなかなか評判は良さそうです。
映画とドラマ。
これは映画館で見たんです。なかなか面白かった。
杉浦日向子の「百日紅」が原案のようですね。絵はアニメ絵だけれども。
淡々と進んでいく話でドラマティックではありませんが、江戸風俗が良かった。もっと詳しく描いてくれても良かったくらい。江戸の雰囲気を楽しむ映画でした。杏や松重豊や濱田岳などが声優として出ています。豪華。
サブタイトルの「MISS HOKUSAI」は北斎にMISSをつけても娘の意味にはならんだろう。なんでこのサブタイトルにしたか謎です。「おんな北斎」という言い方もそこここで聞くけれども、それも違うよね?
朝井まかて「眩」を原案としたNHKのドラマ。2017年制作だったそうです。
これBSプレミアムでつい最近再放送しました。録画して、まだ見てないけど。3年も何をやっていたんだ、NHKは。あんなに使いまわしが得意なのに。
宮崎あおいが主演です。「舟を編む」に続き、また松田龍平と共演ですね。
今後の研究に期待。
応為の絵は現在、10枚そこそこしか見つかっていません。が、北斎との合作が相当多いのではないかと言われています。
北斎は娘の絵を評して「美人画では娘にかなわない」と言ったそうですから。北斎は主に風景画を描きたい人で、美人画にはあまり興味がなかったんだと思います。当時の浮世絵師は人物画専門、風景画専門と分かれてはいなかったと思いますし。
北斎が受けた人物画の注文を、応為が代筆するというのは大いにありそうなこと。
今後研究が進んで、今まで北斎作と言われていた作品でも、「この部分は応為」「この部分は北斎」とわかってくることもあるでしょう。幸か不幸か北斎の木版画は多く海外に出ていますから、世界中に研究者がいるのも心強いところです。ぜひ研究者の方々には、今後応為の痕跡を追って行って欲しい。
応為の名前が有名になれば、今まで作者不明とされてきたものの中から応為作が見つかるかもしれません。見つかるといいなあ。研究が進むのを楽しみにしています。
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