ルノワールは好きですか?――そう訊かれたとしたら、どう答えようかとても迷う。ルノワールは好きな画家ですか?――そう聞かれたら「そうでもない」と答える。トータルではそれほど好きではない。わたしが好きなルノワールはほんの一部分なんです。
前回、ルノワールを5つに分けてみました。
◎ルノワールを5つのタイプに分けてみました。――美術を楽しく見るためには、好きなジャンルと出会うのが大切。西洋美術・印象派。
まあ学術的根拠はまったくないですが、わたしはルノワールをこの5つに分けて覚えました。ルノワールって画風・画題が多様なのでなかなか覚えられなかったんですよね。
1.印象派スタイル
2.青の人物画スタイル
3.線のあるスタイル
4.暖色系の人物画スタイル
5.裸婦スタイル
5つに分けるとだいたいの絵の傾向が掴めて覚えやすいように思う。もっとおおざっぱに分けるとしたら寒色系と暖色系。わたしが好きなのは寒色系です。暖色系は画業の後半で展開されている画風なんですが、暖色系になるともう苦手になってしまうんですよねー。
なので、選ぶとしたら寒色系=印象派スタイル、青の人物画スタイルがメイン。
ルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」
わたしはルノワールといったらこれですねえ。ネット上のこの画像は少し沈んだ色合いになっていますが、実物は本当に光の中にいるように見えます。透明な光に満ちた幸福な青春の日々。
ムーラン・ド・ラ・ギャレットはモンマルトルにあったダンスホール。今、モンマルトルといえばパリの市街地に含まれていて観光名所になっていますが、当時はようやく人が集まり始めた頃。そのちょっと前は農村でした。ムーラン・ド・ラ・ギャレットの「ムーラン」はフランス語で風車という意味。小高い丘の上に元々は実用的な(粉を挽くための)風車がいくつもあって、それをダンスホールのシンボルとしました。
他にムーラン・ルージュという別なキャバレーもあり、そちらも絵に描かれています。同じ「ムーラン」なので混同しないでね。うっすらとした記憶によれば、当時はムーランと名がつく娯楽施設が7つだかあったという話だった気が……。ちなみにディズニー映画の「ムーラン」とは何の関係もないです。ディズニーの方は「木蘭」という主人公の名前の英語読み。
19世紀半ばのパリ大改造によって街路整理が行われ、中心部の家賃が上がりました。家賃が高すぎて払えなくなった若者や低所得者層が中心部を離れ、モンマルトルなどの郊外に移って来た。だからムーラン・ド・ラ・ギャレットに描かれている人々は若者たちが多いんですね。青春の絵たる由縁。ルノワールを始めとして、まだ売れてない頃の画家たちも何人かこの辺りに住んでいました。
でもだからこそ、刹那の輝きだったという側面もあります。若者や下層階級は、いわば明日をも知れない身でした。低賃金の仕事をしてなんとかかんとか日を送ります。そしてどうしようもなくなったらモンマルトルにもいられなくなり、もっと安い、うらぶれた町へ流れていく――そういう人々も少なからずいた。
だからこそ、この時、この明るい日に心ゆくまで踊っている瞬間が貴重だった。壊れやすいガラスのような幸福の一瞬。絵に描かれた一人一人の人生を感じる、この絵が好き。
ルノワール「雨傘」
わたしはこれは、はるか昔にロンドンのナショナルギャラリーで、だいぶじっくり見たことがあります。なんだか妙に目についたんですよね。ルノワールは幸福の画家だと思っていたけれど、この絵は色も濁っているし、印象派っぽくない。わたしが思っていたルノワールとは雰囲気がだいぶ違う。
雨傘は当時出始めのファッションアイテムだったらしい。実用品でもあるけれども。日傘の歴史は古代エジプトでも使っていたほど古いけれども、雨傘の歴史って意外に新しいんですよね。
だから雨傘はみんな大きくてゴツくて、紺色の地味なもの。まだカラフルなデザインはなかったのでしょう。我も我もと雨傘を持つ中でこちらに視線を寄越す、一人手ぶらな少女。質素な服を着ている。きっと貧しい、生活に余裕がない階層の子。後ろの紳士は少女に声をかけているらしい。解説によれば、たしか紳士は少女を誘惑しようとしているとか。わたしは単に親切なおじさんが傘に入れてあげようと言っているところだと思っていたので驚きましたが。
よく見ると女の子の目も段違いになっているし。だいぶ下手だと感じた。ぎこちない……多分初期作品なんだろうと。初期作品として好きでした。
でも実際は1885年頃の制作で、画業の半ばくらいの作品です。これをぎこちないと感じたのは、画風を転換したタイミングだったから。それまで印象派で描いていたルノワールが線のあるスタイルに移行した頃の作品。
――と思っていたのですが、今回初めて知りました。実はこの絵、右側は1881~1882年にかけて描かれ、左側は1885年以降に描かれたそうですね。わたしはじーっと見ても気づかなかったので知らなければ知らないままだったでしょうが、右側は印象派スタイルで描かれ、左側は線ありスタイルで描かれたそうです。
その間になにがあったのかというと、ルノワールはイタリアへ行き、ラファエロに魅了され、古典主義に回帰した、と。印象主義はラファエロに代表される古典主義への反発から育って来たのに。ここで古典主義に帰るとは。やはり古典主義強し。
少し遠目で見ると違いが判る気がします。判ると思えば判る、という程度だけれども。左側の少女と、右側の小さい女の子を比べてみると判りやすいかな?
ルノワール「春の花束」
わたし、この花の絵好きなんですよねえ。
人物画も描いた、風景画も描いた、幅の広いルノワール。他にいろいろ目立った絵画があるのであまり目にふれませんが、花もだいぶ描いたらしい。花は自分のために描いたそうです。
花の白がきれいですね。この絵はじっくり対象に向かって丁寧に描いた印象。遠目だとざっくり描いたように見えますが、拡大すると一輪一輪の形をちゃんと描いているのがわかる。左下の薄い水色のリラっぽい花は相当に細かいですよ。花瓶は東洋風の絵付けですね。日本ブームがあった頃ですから、日本の陶器だったかもしれません。
ルノワール「すわるジョルジョット・シャルパンティエ嬢」
すごく可愛い。臆面もなく、という言葉を使いたくなるほど。こんなにストレートに可愛く描ける画家はそういないと思います。モデルはこの時4歳。なんとコケティッシュ。フランス人はこの年齢にしてなまめかしさを備えるのか。
今、ふと思い出したのですが、西にこんな可愛い童女を描く画家がいれば、東に「麗子像」を描く画家もおり……。いや、比べるものでもないですけどね。違うなあ、と。
娘をこんなに可愛く描かれたら、そりゃお父さんは画家のパトロンになるしかありませんよね。シャルパンティエ家の肖像を、ルノワールは何枚描いたんだろう。いつか全部を集めて展示するという特別展が企画されたりしないだろうか。
ルノワールだったらクラーク・コレクションも狙い目。
ルノワールと言えばオルセー美術館が名品を持っていますが、アメリカにある「クラーク・コレクション」というところもルノワールのいいものを持っています。こちらは個人コレクションです。
8年ほど前に東京でクラーク・コレクションの特別展がありました。わたしはそれをテレビでたまたま見て、きれいな絵ばっかり!と驚きました。ほんとにきれいな、明るい絵ばかり。ブレがない。「好きな絵を集める」ことに徹するのはなかなか難しいことだと思うのですが、クラーク・コレクションは徹底している。
印象派、ルノワールの数がけっこう多く、テレビで見た限りでは
「鳥と少女(アルジェリアの民族衣装をつけたフルーリー嬢」
「たまねぎ」
がすごく良かった。……どちらもひっぱってこれる画像がないのが残念です。
「鳥と少女」は手にオウムを止まらせた少女の、緑や黄色、オレンジなどがちりばめられたきれいな絵。「たまねぎ」は珍しく静物で、このたまねぎの色合いの温かみがとてもいいの!少女たちの黄金の髪に匹敵するほどの、輝きをまとったたまねぎの皮。
いつか見に行きたいなーと思って当時調べたけれど、クラーク・コレクションはボストンから車で3時間ほどかかるそうですね……。ちょっと行けなさそう。レンタカーで外国を3時間走る勇気はない。長距離バスがあるとしても、日程的に1日をクラーク・コレクションに費やすのは難しそう。
「それほど好きではない」ルノワールは。
でも絵によってはすごく好き。前半が好き。青い色の時代は概ね好きですよー。描き方も比較的あっさりしているしねー。絵から戸外の風が爽やかに香る。やはり青春を思わせる画家。
青のスタイル、暖色系のスタイル、片方が苦手でも片方が好きって場合もありますよ!ルノワールは5つのスタイルがあるので、好きなスタイルがないか、探してみてください。
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