いろいろ徒然

◎国語辞典からの挑戦状。突然「生」で2000字。

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某ラジオの一コーナーに刺激を受けて、ランダムなお題から話を広げて2000字というチャレンジを時々やっています。お題は国語辞典を適当に開き、その左上の最初に出て来た単語。書くにあたっては検索はせず、自分の中にあるもので勝負する。あやふやなものもそのまま書いてしまって、書き終わったあとに答え合わせをする。

そして今回はこんなのが出てしまいました。

生。

これはまた範囲の広い……

せい。しょう。き。なま。いきる。うまれる。うむ。はやす。はえる。おう。

1.生える。(木の芽などが)出る。
2.生まれる。
3.生む。作り出す。
4.おこる。世に現れる。発生。
5.育つ。生長。
6.生きる。
7.暮らし。生活。
8.命。生命。
9.命あるもの。生物。
10.生存
11.新鮮な。加工していない。
12.未熟な。慣れていない。生硬。
13.読書や学習をする人。学生。
14.男子のへりくだった自称。小生。

接尾語として、

1.植物の生存する期間を示す。「多年草」
2.植物の生長年数をあらわす。「30年生の松」
3.学生・生徒をあらわす。
4.男子がへりくだって自分の姓に添える。「山田生」

などなど。これは切り取り方、より取り見取りな単語ですね!その分何を選ぶかが難しい。

 

お題は「生」。よーい、どん。

生、という漢字を与えられた時、真っ先に頭に浮かんだのは「生々流転」でした。
これって四文字熟語でしたっけ?なんだか急に自信がなくなった。生あるものは全てが変化していくという意味だと思ったのですが。

が、わたしが思い出した「生々流転」はそういう一般的な言葉としてものではなくて、東山魁夷の障壁画「生々流転」のことです。

この間、宮城県美術館で特別展をやっていました。東山魁夷展。というより唐招提寺御影堂の障壁画展。御影堂の襖絵をおそらく大小30面くらい、東山魁夷が全て描いています。そのうちのほぼ全部が来ていたのではないでしょうか。

唐招提寺は奈良市の西の京にある古刹です。創建が天平時代ですから、1300年くらい?お寺の名前の通り、唐の国から招かれた名僧、鑑真のホームコートとして作られました。それまで散々日本国のために働いてきた鑑真にプレゼントした、という流れだったかと思います。プレゼントしたのは聖武天皇の娘の孝謙天皇だったか……。

唐招提寺はその成り立ちのせいか、中国風を漂わせる古様を帯びた建築です。「天平の甍」という井上靖の小説がありますが、この天平の甍は唐招提寺の瓦のこと。屋根の両端にあるシビ(後世の天守閣でいうと屋根の上にあるシャチホコごときもの)も烏帽子のようなシンプルな中国風。

この唐招提寺にしかないものとして、御影堂という建物があります。これは鑑真の遥拝所というか、祭祀場。鑑真を祀るために建てられた建物です。お墓自体はまたその奥にあるのですが、御影堂には鑑真の彫刻が生けるがごとくに安置されており、日々唐招提寺の人々がお世話をしています。唐招提寺の言い伝えによれば鑑真は死んでいないため、心をこめて衣食住のお世話をしているとのこと。

この御影堂に新しく障壁画が作られたのは数十年前――30年くらい前でしょうか。唐招提寺にとって鑑真は、他に並ぶもののない最も偉大な存在です。その御影堂を彩る、大切な襖絵を誰に依頼しようか。その時最上の選択として選ばれたのが東山魁夷でした。

東山魁夷はある時期の日本画第一人者。シンプルな構図で雄大な風景を描く画家です。青みを帯びた緑が――または緑を帯びた青なのか――特徴的。森と湖、白い馬の絵といえば思い当たる人も多いのではないでしょうか。馬の絵はどちらかというとファンタスティックな画題ですが、雄大な風景の絵も多い画家です。

頼まれた頃の東山魁夷は何歳だったのでしょう。御影堂の襖絵が彼自身の画業の集大成になるようなタイミングでした。その作品の重さとしても自分の画業としても、これは簡単には描けない。構想を練るのに2年(2年だったかなあ……。たった2年で出来るだろうか?)をかけ、襖絵のテーマを、鑑真が見たであろう風景、そして見る筈だった風景と決め、日本と中国各地のロケハンを行ないます。

鑑真は中国、唐の高僧でしたが、日本に正しい仏教を伝えたいという情熱で日本へと渡って来ます。しかも6度目にしての成功。1回目から5回目は、暴風雨で南の方へ流されたり、高僧の海外流出を何としても止めたい皇帝に見つかって捕まったり。

南方への漂流など、地元へ戻ってくるまで何年もかかりました。命がけです。密林の中を進むような経験もして、そんな過酷な生活の中、失明してしまいました。6度目の挑戦でようやく日本渡海へ成功した時、鑑真の眼は日本の風景を見ることは出来なかったのです。

東山魁夷は、見えない鑑真が見られなかった――鑑真に見せたかった日本の美しい海を描きました。

「生々流転」は30畳か40畳の広間の襖に描かれた、12面だったか16面の襖絵。東山魁夷の青が一面に。海が一面に。白い波濤と、岩と、ほんのちょっとだけ磯。揺らめく水面。この揺らめく水面が本当に揺らめいて見えて。

山河を越えてきた、命をかけてたどり着いた、鑑真にこの海を見せてあげたいと思った。どんなに過酷な、そして美しい海を越えて来たか。

東山魁夷は「生々流転」の他に、鑑真の故郷にある名所の風景も描いています。これが何とかという湖で……。わりと有名な湖というか、池なんだけどなんだったかなあ。
池に柳。柳が揺れる。池の向こうには軒の反りの強い、中国的な亭。鑑真の眼が二度と見ることはないふるさとの風景。

視力を失った鑑真はもう色を楽しめなかったけれども。御影堂に魂が安らうのなら、この絵を見て鑑真は心慰められるのではないか。見ることが出来なかった風景と、二度と再び見られなかった風景。美しいそれらに囲まれて今も唐招提寺に鑑真は鎮まる。

襖絵の風景を、もし描いたのが東山魁夷ではなかったら、別な画題になったと思います。たとえば鑑真の生涯の絵巻物とか、仏教説話とか、仏画とか。多分風景画にはならなかった。

でも風景を描くことで鑑真と後世のわたしたちとに共通のものが出来る。鑑真の生涯を絵巻物にしたてたら、わたしたちにとっては相応しい画題と思えるかもしれないけれど、鑑真にとっては面映ゆい画題になるだろう。あの世とこの世と、どちらから見ても心休まるものとして日本と中国の風景を選んだのは正解だった。

東山魁夷の「生々流転」。青の色が印象的な作品。見るチャンスがあればお見逃しなく。

 

答え合わせ。

これで2000字ちょっと。ちょうどいい文字数ですね。もうちょっと「生々流転」のことが書ければ良かったけど。

そもそも生々流転って四文字熟語でしたっけ?

あ、大丈夫、四文字熟語でした。全てのものは変化し、移り変わっていくという意味。「せいせいるてん」としか読んだことがなかったのですが、「しょうじょうるてん」という読みもあるらしい。これは初めて知った。「生生流転」が正式なんですね。

「生まれ変わり死に変わって」という意味も含まれるらしい。わたしは諸行無常とほぼ同じ意味で覚えていたのですが、生まれ変わり死に変わりという意味があるなら、言葉としてはもっと広がりがありますね。生々流転。覚えておこう。

唐招提寺の名前。

これは大間違いでした!わたしはずっと「唐の高僧が招かれたことを記念するため」の命名だと思っていた。「招堤」という言葉があるんだそうですね。「僧が集まるところ」という意味らしい。唐の教えを学ぶための教場が唐招提寺。

唐招提寺の建立は759年。だいたい1260年前。754年の来日時、すでに66歳だった鑑真は、それから4年ほどは日本の僧に正式な戒を授けることに力を尽くし、758年に老齢を労わられ、もう少し自由な立場で活動出来るようになったようです。わたしは国家の仕事からは引退したんだと思っていたんですけどね。そうでもなかったようですね。

唐招提寺をプレゼントしたのは淳仁天皇の時代だそうです。でも淳仁天皇はあまり力のない天皇でしたから、実際の意志決定機関は孝謙女帝と藤原仲麻呂だったのではないかと思います。この淳仁天皇が天皇として認められたのは明治時代になってからで、その前はなかった人とされていました。

そしてものすごい間違い。

……ここで、ものすごい間違いを発見します。わたしが得々として語っていた絵のタイトルは「生々流転」じゃなかった!ええええっ!なんということでしょう!

わたしの頭の中にあった絵は「濤声」でした。波の音という意味。――この間違いは罪深いなー。だってつい数か月前に実物を見ているわけですから。ちゃんと感銘を受けているはずなのに。そのタイトルを間違っちゃだめだなー。

「生々流転」は横山大観にこのタイトルの絵がありますね。まずい……。こういうところで勘違いをすると、それが定着してしまいそうな気がする。東山魁夷の海の絵は「濤声」。覚えられますように。

そして、さらに間違っている。

御影堂が唐招提寺にしかないと書きましたが、御影堂は開山の師を祀るお堂の一般名詞だそうですね……。なので、全ての寺にあるわけではないが、それなりの規模のお寺にはある場合が多いようです。開山堂と同義。しまった。

鑑真のお墓は開山御廟という名前だそうです。しかも唐招提寺には開山堂という建物もあるそうなので、いろいろとややこしい。

東山魁夷の障壁画奉納は。

1975年だそうなので、今から45年前ですね。構想2年というのもハズレで、10年以上をかけて準備をしたとか。

御影堂には、「濤声」の他、全部で68面。30面とか言っていましたが、それどころではありませんでした。作品は5つ。

「濤声」16面
「山雲」10面
「揚州薫風」26面
「黄山暁雲」8面
「桂林月宵」8面

襖のサイズが大小あるので、面の数の多さがそのまま大きさを表すとは限りませんが。「濤声」「山雲」は日本の風景、それ以外は中国の風景です。中国の風景は墨で描いた水墨画。

1人でこれを書いたんですかねえ。これは2年じゃ無理だな……。こないだの展覧会では何段階もの下描きが展示されていました。水の揺らぎまでも下描きでちゃんと描く。やはりこういう大作を描く時は周到な準備をするんですね。いかに才能ある画家と言えど、心のままに描いて名画になるわけではないのだ。

他に、厨子内に「瑞光」という絵があるそうです。これは聞いたことがなかった。厨子は多分鑑真の像が納められている厨子のことだろうから、そこまで大きな絵ではないと思います。どんな絵なんだろう。気になる。扉を閉めてしまえば真っ暗になる厨子内に、光をもたらす絵なんだろうか。

御影堂の東山魁夷の絵は、唐招提寺に行っても普段は見られないんですよね。毎年6月5日から7日のみ公開。当然人が押し寄せますし、なかなかじっくり見るのは難しいかと思われます。

現在御影堂は修理期間中に入っており、その隙に各所で特別展が行なわれると思います。検索したところ2021年4月24日から6月6日までは神戸市美術館で。12月末まで岩手県立美術館でやっていたので、神戸の前にもう1ヶ所くらい巡回してもいいタイミングではある気がしますが……

 

今回は完全敗北でした。

なんといっても絵のタイトルを間違ったのがね……。「濤声」を「生々流転」だと思い込んだ。生々流転する雄大な人生を思わせる絵だったんですよ。海の音というだけではなく。……が、それはいいわけにしかすぎません。

鑑真自体や東山魁夷自体を語ればもっともっとありそうな気がしますが、確認しながら書かないとまた大嘘を連発する可能性がありますねー。今回は、これだ!という単語を得た分、自分の思い込みで書いていろいろ間違っていた。得意分野のことこそ、思い込みで間違ったことを覚えている可能性があります。自戒。

今回の収穫は「瑞光」という絵の名前を知ったことです。いつか見られるかもしれません。覚えていればめぐりあえることもある。それを願って。

 

ちなみに「濤声」の習作がここに一枚あります。

◎期待以上に見ごたえあり!幸せな絵の並ぶ島川美術館。

大きさは比べ物にならないけど、色は障壁画と同じ。見て良い絵だと思います。

 

 

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