いろいろ徒然

◎祖母の教え方。美しいものはじっと見る。

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祖母は若い頃茶道を習っていて、祖父と結婚する前にはお茶や裁縫を若いお嬢さんたちに教えていたらしい。そのせいか、物を教えるのが上手かった。

幼稚園の頃のわたしに煎茶の淹れ方を教えてくれた。祖母は何か教えたいことがあると、「〇〇をやってみる?」「○○を教えてあげようか」という言い方をした。わたしは断ることもあれば、二つ返事で頷くこともあった。断った時は、祖母は無理強いをしない。「じゃあこの次ね」といってしばらく時間を置く。

子どもながらに祖母の気持ちを汲んで、気が進まないのにしぶしぶ頷くこともあった。そういう時にも祖母は「また今度にしようか」と言った。そして何日も何ヶ月も経って、また「〇〇を教えてあげようか」と訊く。以前に断った記憶があり、一度言われていることだから、今度は素直に頷く。祖母は、わたしに知りたいという気持ちが生まれるまで待ってくれた。

教える時には順序良く、ゆっくりと教えてくれる。一度に教えるのは手順にして三つくらいまで。煎茶でいえば、まず茶筒の開け方から始まる。こういう風に持って、蓋を開ける時には肘を張らないように。小さな手だから茶筒を落っことさないように。茶葉の量は茶さじの時はこのくらい、蓋で量る時はこのくらい。そのあたりまでをやってみせて、「じゃあやってごらん」とわたしに茶筒を渡す。

茶葉の量を間違っても「違うでしょ!」と声を荒げない。「ちょっと少ないね」などと言いながらやり直しをさせる。三度やってみて上手くいかなかったら、もううるさくは言わなかった。それ以上繰り返したら、子供のわたしが嫌になるのがわかっていたから。

出来た時は「そうそう、その調子」と褒めてくれた。そんなに難しいことではない、急須に入れるお湯の量を間違えなかった、注ぎわける時の急須の持ち方がきれいに出来た、その程度のこと。でも褒めてもらえるのがうれしくて、一所懸命祖母の手つきを真似した。最後まで一応終わらせ、そこで最初から通してやると、途中でうまくやれない部分も出て来たが、とにかく最後まで出来たら「出来たね」と褒めてくれた。

次の日「お茶を淹れてちょうだい」と言われる。得意になってやってみると忘れていることも多かった。わたしは、あれ、どの順番だっけ、と考える。祖母は「昨日教えたでしょ!」――とはいわない。面白そうに見守り、どうしても思い出せないとわかるとヒントを出してくれた。

ヒントを出されながら、手直しをされながら、わたしは得意になってお茶を五人分淹れて、「このお茶は美味しいわねえ」と言われてドヤ顔をしていた。そういう風に得意になって覚えたものごとは忘れない。

 

物を見る方法も、この祖母に教わった。

その頃、親戚から新築祝いに日本人形をもらった。わりあいに大きなもので、体長およそ50センチ。白と金色の豪華な打掛の上品な人形。

「こういうきれいなものはね」と祖母はいう。「こうやって手をついて、じっと見るのよ」

子どもの目には、その日本人形がきれいなものかどうかは判断出来なかった。着物はきれいだったけれど――ガラスの眼が少し怖い気がする。少し歯の見える口元も。でも大好きだった伯母の若い頃に似ていると聞いて、親近感を持とうと努力する。

じっと見れば良さがわかるのかもしれない。手をつく位置も教えられて、祖母の真似をしてじっと見てみる。

だいぶ大人になってから思えば、この時祖母は「拝見の仕方」を教えていたんだなと思う。わたしの今までの人生で茶道に触れたことはほとんどなかったけれど、茶道の中で「拝見」という作法があるのはどこかで知った。茶道具などを鑑賞する際、手に取って見る前に道具を体の前に置いて、手をついてまず全体を鑑賞する。祖母が言っていたのはおそらくその形。

とはいえ、そんなことは幼稚園児のわたしは知らなかった。覚えているのは「きれいなものはじっと見る」ということだけ。それが長くわたしの指針になっている。

大人になってから美術鑑賞が好きになったが、きっとそうなったのは祖母の言葉が大元にあったから。言葉は種になることがある。祖母は「見ること」の種を蒔いた。わたしはそこから芽を出し、つるを伸ばし、これからも一つ一つの作品を自分なりに見て行くだろう。

言葉は種を蒔く。

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