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◎美術を楽しく見るためには、好きなジャンルと出会うのが大切。西洋美術・バロックその後の美術。とりあえず新古典主義。

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新古典主義。……新ってことは旧もあるってことですよね?じゃあそもそもの古典主義はどこに行ったのか。

どうも「古典主義」という言葉はいろんな意味で使われる言葉のようです。範囲が広い。それがゆえに絵画の世界ではあまり好んで使われない気がする。一番簡単にいえば「(ギリシア・ローマ時代の)写実に基づく調和と理想を追求した様式」なのですが、そう定義するとルネサンスも入るんですよねー。

そして古典主義=新古典主義という文脈で使われる場合もあるらしい。……古典主義と新古典主義がイコールで結ばれるわけないやろ!「新」なんだから。「新」の立場はどうなる!

……と、ジャンル名だけでも一苦労というか、混沌としています。名前がよくわからなければ中身がわかるはずもない。困る。古典主義がはっきりしなければ、それに「新」がついた「新古典主義」もはっきりしないということです。

 

狭義の「古典主義」とは。

絵画の世界で「古典主義」といった場合はニコラ・プッサン、クロード・ロランであるらしいです。amairoの過去の記事では「バロックっぽくないバロック期の画家」の範疇に入れた画家です。

◎美術を楽しく見るためには、好きなジャンルと出会うのが大切。西洋美術・バロックっぽくないバロック期の画家編。

活動時期はバロックの後期。バロックにあった「華麗・劇的・明暗」という要素はなく、かっちりとした線できっちりと描く。このあたりが「写実に基づく理想主義」なところ。

わたしのお気に入り、ラ・トゥールも時として古典主義に含まれるらしい。いや、ラ・トゥールは古典主義って気はしないんですけどねえ……

せっかくですから一応、古典主義のプッサンとロランも軽く見ときます?時代はちょっと戻りますけれども。

ローマを愛した、プッサン。

ロココの画家、ブーシェと名前が似てるので(似てるか?)いつも混同してしまいます。プットとも混同してしまう。プットというのは幼児としての天使、あるいは幼児の姿をした愛の神キュービッドのこと。プットとプッサンが似ていて、プットが可愛らしい天使なもんだから、天使が出て来そうな絵を描くブーシェを連想するんでしょうね。

ニコラ・プッサン。フランスに生まれ、30歳くらいでローマに行き、王様に呼び戻されてほんのちょっと本国へ帰って来た以外はずっとローマで生きました。気に入ったんでしょうね。土地に呼ばれるということはあるだろう、とわたしは思っています。

描いたテーマもギリシャ神話に題材をとった物が多く、ローマを愛したプッサンは、そのローマが愛した古代ギリシャを愛しました。なので、主題はギリシャ神話、ギリシャ関係が多いです。

プッサン「アルカディアの牧人たち」

Nicolas Poussin - Et in Arcadia ego (deuxieme version).jpg
ニコラ・プッサン, パブリック・ドメイン, リンクによる

アルカディアというのはギリシャ神話で理想郷として設定されている土地の名前です。たまにに理想郷と書いてアルカディアとルビがふってあることもあるくらい、世界に数ある理想郷のなかでも代表的な地名です。

絵の中に4人の人物。石棺?墓石?に刻まれた文章をみんなで見ているところ。石棺の周りにいるのは3人の羊飼いで、一番手前に立っている女性が謎。誰だかわからない。

3人の羊飼いよりは地位・身分が上であるように見えるし……でも女神さまというほど人間離れはしていない。この場所にいて羊飼いたちの上に立つといえば、雇い主?かとも思うが、それもしっくりこない。一人の羊飼いの肩に手を置いてるしねえ。この女性は誰なのか、謎です。

3人が注目しているのは石棺に書かれた短い文章で、ラテン語で「エト・イン・アルカディア・エゴ」(Et in Arcadia ego)と書いてあります。意味は「我もまたアルカディアにあり」。

この「我」を「死」の意味だと取り、理想郷にあっても死という終わりは避けられないことを表すという見方が一般的です。つまり「メメント・モリ(死を忘れるな)」のテーマ。

そうでなければ「死者である私も昔は(あなたたちと同じように)理想郷に生きていた」=なので、今を楽しめ、青春を楽しめ、というメッセージ。

まあいずれにしても、誰が書いたんだ、この文章……という気がするわけですが。そういうつっこみは野暮ですか。そもそも誰の石棺なんだという。こんなところに放り出されて。

絵としては、落ち着いて調和がとれた古典的な――まさに古典主義な絵。肌もきれいに塗って、服のひだも丁寧に塗って、崩れがない。反面、整いすぎていて視線が滑るところもあると思う。そういうところが好き好きのあるところです。

夕暮れの海辺、クロード・ロラン。

ロランは場所を偏愛(?)する画家です。特に海沿いに古典的なデザインの建っている場所。同じモチーフでけっこうな枚数の絵を描いています。

ロラン「上陸するシバの女王のいる風景」

Claude Lorrain 008.jpg
<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/ja:%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%83%B3" class="extiw" title="w:ja:クロード・ロラン">クロード・ロラン</a> - <a rel="nofollow" class="external free" href="http://www.nationalgallery.org.uk/paintings/claude-seaport-with-the-embarkation-of-the-queen-of-sheba">http://www.nationalgallery.org.uk/paintings/claude-seaport-with-the-embarkation-of-the-queen-of-sheba</a>, パブリック・ドメイン, リンクによる

ロラン「タルソスに上陸するクレオパトラ」

The Disembarkation of Cleopatra at Tarsus 1642 Claude Lorrain.jpg
<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/ja:%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%83%B3" class="extiw" title="w:ja:クロード・ロラン">クロード・ロラン</a> - <a href="https://en.wikipedia.org/wiki/en:Web_Gallery_of_Art" class="extiw" title="w:en:Web Gallery of Art">Web Gallery of Art</a>: &nbsp;<a href="http://www.wga.hu/art/c/claude/1/06cleopa.jpg" rel="nofollow"></a> <a rel="nofollow" class="external text" href="http://www.wga.hu/art/c/claude/1/06cleopa.jpg"></a><a href="https://en.wikipedia.org/wiki/ja:%E7%94%BB%E5%83%8F" class="extiw" title="w:ja:画像">静止画</a>&nbsp;<a href="http://www.wga.hu/html/c/claude/1/06cleopa.html" rel="nofollow"></a> <a rel="nofollow" class="external text" href="http://www.wga.hu/html/c/claude/1/06cleopa.html">Info about artwork</a>, パブリック・ドメイン, リンクによる

 

細部は違いますが、大雑把に見るとほぼ同じ絵と言っていいくらいですよね。他にも似たような絵が相当にあります。人気があった構図ということもあるのでしょうが、本人がこういう絵に相当に執着があった気がします。

一応人物も手前に小さく描いて、タイトルもそれなりに神話や歴史からとって整えていますが、本当に描きたかったのは風景だったんだろうなあ。当時は風景画は歴史画と比べれば格が低く見られており、風景だけの絵はなかなか描きにくかった。注文がなかったと思われます。

 

この古典主義を踏まえて、新古典主義。

プッサンとロランが活躍したのは17世紀前半です。ルーベンス、カラヴァッジョよりあと。

ロココのブーシェ、フラゴナールは17世紀半ばから後半の画家。

そして新古典主義のダヴィッド、アングルの活躍時期は18世紀末から19世紀後半までです。

こうやってみると、流行は華麗と理想の間を振り子のように振れているのがわかります。

新古典主義は古典主義と同様に、古代ギリシャ・ローマの流れである写実を基にした理想を求めました。そこに力強さを加えて、まさに時代の流れに乗ったのがダヴィッド。

 

ナポレオンを描いた、ダヴィッド。

ジャック=ルイ・ダヴィッド。ダヴィッドといえばナポレオン。

後足で立つ馬にまたがって、やたらとかっこつけたあのナポレオンの肖像画はダヴィッドによるものです。たしか教科書に載ってましたよね。

正直、この絵はかっこつけにもほどがあるというものだと思うのですが……まあプロパガンダなんてそんなものでしょう。こういう風に描けるダヴィッドと、こういう風に描いて欲しいナポレオンが出会った結果、ダヴィッドはかなりの数のナポレオンの肖像を描くことになりました。

ダヴィッド「ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠」

Jacques-Louis David, The Coronation of Napoleon edit.jpg
<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/ja:%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%EF%BC%9D%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89" class="extiw" title="w:ja:ジャック=ルイ・ダヴィッド">ジャック=ルイ・ダヴィッド</a> - Edited version of: <a href="//commons.wikimedia.org/wiki/File:Jacques-Louis_David,_The_Coronation_of_Napoleon.jpg" title="File:Jacques-Louis David, The Coronation of Napoleon.jpg">File:Jacques-Louis David, The Coronation of Napoleon.jpg</a>
<a rel="nofollow" class="external text" href="http://www.histoire-empire.org/docs/couronnement/david.htm">Who is Who</a>, パブリック・ドメイン, リンクによる

かなりでっかい絵。10メートル×6メートルの絵。ルーブルでの印象はほとんど薄れてますが、先年行った大塚国際美術館で見た時は、最後の絵としてこれを見て……

その時点でもう足がガタガタ、一歩進むごとにツライ。その状態でこの巨大な絵を見るために適正な距離まで離れるのはとても大変だった。

この絵には触れてないけど、大塚国際美術館の話。

◎一度は行くべき!大塚国際美術館。

この絵の中心人物は当然ナポレオンです。その前でひざまづいているのが最初の妻のジョゼフィーヌ。6歳上だった彼女はこの頃40代、実際よりも若く描かれているそうです。ナポレオン自身も盛って描かれていることでしょう。

この絵はもともと、ナポレオン自身の戴冠を描くはずでした。が、わざわざ呼びたてたローマ法王から冠を授けられることをナポレオン自身が拒否し(自分の上にローマ法王の権威を認めるのが嫌だったらしい)、自分の頭には自分で冠を被せたそうです。

その様子のスケッチも残っているのですが、自分で自分に戴冠ではあまりにも傲岸に映るだろう……と人民の反応を慮り、絵のテーマとしてはジョゼフィーヌの戴冠をメインにしたというお話。

いやいややって来て、そんな恥をかかされたローマ法王もいい面の皮ですね。ナポレオンの後ろで椅子に座っていて、わりと質素な服を着ている帽子も白い人が法王ですが、右手をあげて祝福のポーズを取ったように描かれていますが、苦虫をかみつぶしたい心境だったにちがいない。

ジョゼフィーヌの上方、奥の桟敷席に座っている人はナポレオンのお母さん。しかしこのお母さんは息子がフランス皇帝として戴冠することに反対しており、実際は戴冠式に出席してはいないらしいです。

出席しないという選択をするのはなかなかの肝っ玉母さん。戴冠に反対しているとしても、息子の晴れ姿だし、政治的にも息子の不利になるだろうしと考えれば、波風立てずとりあえず出席して置くという方向になりそうじゃないですか。

でもナポレオンとしては母親が反対しているとはいえませんから、ダヴィッドに命じて母の姿も描き入れさせたということです。

ダヴィッド「ホラティウス兄弟の誓い」

Jacques-Louis David, Le Serment des Horaces.jpg
<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/ja:%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%EF%BC%9D%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%83%E3%83%89" class="extiw" title="w:ja:ジャック=ルイ・ダヴィッド">ジャック=ルイ・ダヴィッド</a> - <a rel="nofollow" class="external text" href="http://faculty.wartburg.edu/wilson/arthistory/images/28/28-21.jpg">wartburg.edu</a>, パブリック・ドメイン, リンクによる

 

御用絵師としてのイメージが強いダヴィッドですが、ナポレオンと関係ないところではこんなのも描いてます。新古典主義!というガチガチの絵ですねー。こういう、いかにもストーリーがありそうな絵は古典主義っぽい。

この絵の左側の3人がホラティウス兄弟。時はローマの始まりの頃、隣国のアルバ・ロンガ(国というほど大きくはなかったイメージ)との対立が激しくなりました。戦争ではなく、双方代表者を3人選んで決闘することになり、ローマ側の闘士として選ばれたのがホラティウス兄弟。

アルバ・ロンガ側からはクリアトゥス三兄弟が選ばれました。しかしホラティウス兄弟の姉妹の1人は、クリアトゥス三兄弟のなかの1人と婚約していたのです。兄弟と婚約者が殺し合うことになり、悲嘆にくれる女性が右側の女性たち。

剣を与えようとしている親父さんも複雑な表情をしています。でもローマの代表ですから勝ってこいというしかない。ドラマティックなシーンですね。

結局ホラティウス三兄弟が勝ち、クリアトゥス兄弟を殺してしまうのですが、凱旋後、この姉妹が勝利の祝いよりも婚約者の死を悲しんだため、怒って殺してしまうという後日譚……。婚約者の死を悲しんだからって殺しちゃだめだろう。ローマはやっぱり戦闘民族だなあと思うエピソード。向日性の戦闘民族。

新古典主義の大御所、アングル。

ドミニク・アングルはダヴィッドの弟子でした。結局、新古典主義を引き継いだのはこの人。

アングルといって真っ先に思い出すのはドラクロワとの論争。このおかげで新古典派とロマン派の区別がなんとなくついている。

だが当時アングルが画壇の大御所で、ドラクロワがかなり圧迫されたとか聞くとどうもアングルに悪印象を持ってしまう。わたしは絵としては2人ともそんなに好きではなく、新派と旧派の衝突なんて昔から死ぬほどあったことだけど。

描線のアングル、色彩のドラクロワ。――そう言われますが、色はどう見てもアングルの方がきれいな気がする。まあきれいな色といってもさまざまですからね。でもドラクロワの色は全体的に茶系ですよね。

アングル「玉座のナポレオン」

Ingres, Napoleon on his Imperial throne.jpg
<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/ja:%E3%83%89%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB" class="extiw" title="w:ja:ドミニク・アングル">ドミニク・アングル</a> - <a rel="nofollow" class="external text" href="http://napoleonbonapart.hit.bg/index.htm">http://napoleonbonapart.hit.bg/index.htm</a>., パブリック・ドメイン, リンクによる

師匠がナポレオンを描き、その弟子もナポレオンを描いています。この絵を描いた頃のナポレオンは絶頂期――からわずかに陰りが見え、それがゆえになおさら、自分の権威を周知させる立派な絵を描かせなければならなかったのだと思われます。

豪華、華麗ですね。まるで古代ローマの神様みたい……と思ったら、本人がほぼ同じポーズで古代ローマの神、ユピテル(英語:ジュピター)を描いていました。

アングル「ジュピターとテティス」

Jupiter y Tetis, por Dominique Ingres.jpg
<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/ja:%E3%83%89%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB" class="extiw" title="w:ja:ドミニク・アングル">ドミニク・アングル</a> - <a rel="nofollow" class="external text" href="http://www.museegranet-aixenprovence.fr//collections/peinture-francaise-du-xixe-granet-ingres-peinture-provencale.html">Jupiter et Thetis</a>, Museo Granet., パブリック・ドメイン, リンクによる

この絵はナポレオンの絵より3年ほど後のもの。逆ならむしろわかりやすい気がするのですが……。

わたしはこの絵にはいろいろ疑問があります。

男性が大神ユピテルで女性が彼の数多い妻の一人、テティス。テティスも海の女神です。同じ神なのにサイズが卑小なのは、ユピテルの威厳を表すためだとは思うのですが、そんなに小さく描かなくても良かったんじゃないかなー。テティスが人間だったらわかるけど。

テティスの左腕が不自然なのは、アングルの特性。特性というのも変ですが。優美さを求めて人体の比率を無視しがちの画家のようなんですよね。

最大の疑問はユピテルの我関せず顔。あごひげまで撫でられているのに、この無視はスゴイ。このシーンはテティスの息子、アキレスの願いをユピテルに取り次いで嘆願しているところなのですが、2人の間に全く意志の疎通がないように見えるのは一体どうしてなんだろう……。ユピテルが少しは反応してもいいのでは?と思いますが。

アングル「ドーソンヴィル伯爵夫人」

Louise de Broglie by Jean Auguste Dominique Ingres.jpg
<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/ja:%E3%83%89%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AB" class="extiw" title="w:ja:ドミニク・アングル">ドミニク・アングル</a> - <a rel="nofollow" class="external autonumber" href="http://www.artchive.com/artchive/I/ingres/ingres_broglie.jpg.html">[3]</a>, パブリック・ドメイン, リンクによる

可愛い肖像画。伯爵夫人というよりはどこかのお嬢さんみたいに見えますね。ほとんどアクセサリーもつけず、ドレスも簡素で日常の姿で描かれています。が、後ろの鏡にばっちりうなじを映すところなど、アングルらしく女性美を追求する芸が細かい。

 

古典主義と新古典主義。

古典主義の画家として、

ニコラ・プッサン

クロード・ロラン

 

新古典主義の画家として、

ジャック=ルイ・ダヴィッド

ドミニク・アングル

を見ました。この2ジャンルは時代的にはかなり離れていて、古典主義の2人がは17世紀、新古典主義の2人は18世紀後半から19世紀半ばまで活躍しました。

この4人に共通するのはイタリアへ絵画の勉強に行っていること。当時フランスではローマ賞というコンクールが行なわれており、優勝者はローマへ国費で留学できました。この頃までのフランスにはイタリアが芸術の先進地であるという意識があったのですね。

ダヴィッドは5年、それ以外の3人はイタリアが気に入り、相当な長期間をその地で暮らしています。

ロココの画家であるブーシェ、フラゴナールもローマへ留学していますが、滞在は5年ほど。古典主義、新古典主義の画家たちはもっとローマ、イタリアへの親和性が高かったのでしょう。だからこそ古典主義の絵を描いているともいえます。きっとコロッセオやフォロ・ロマーノの遺跡を見て「ああ!」と心を震わせていたに違いありません。

明治期~昭和期の日本の芸術家たちが一途にパリに憧れたのと似たものだったのかも。憧れは芸術を生む。

 

新古典主義まで何とか来ました。次はきっと(?)ロマン主義です。

 

 

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