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◎美術を楽しく見るためには、好きなジャンルと出会うのが大切。西洋美術・イギリスの絵画・ラファエル前派。

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イギリスの美術は、ターナーの次にラファエル前派と呼ばれるグループを生みます。これが字面から内容を想像しにくいんですよね。英語でなら普通の表現かもしれないけれど、日本語ではたとえば「宗達前派」というような言い方をしませんもんね。訳語としてこなれていない。

 

ラファエル前派の「ラファエル」とは何か。

ターナーの活躍があったとはいえ、それ以前のイギリス絵画は基本的にずーっと伝統派が主流でした。レイノルズが設立したロイヤルアカデミーでも当然伝統的な絵画に価値を認めており、その付属美術学校で指導される絵画も歴史画・神話画を主題にしたものでした。

が、時代はロマン主義を経て、ターナー、ブレイクが出た後です。硬直化した伝統的な絵画を習うだけでは飽き足らない若者たちがいました。当時ロイヤルアカデミー付属美術学校で美術を学んでいた、ハント、ミレー、ロセッティとその周辺にいた画学生たちです。

彼らは自分たちを「ラファエル以前の絵画を目指すもの」という意味で「Pre-Raphaelite Brotherhood」=ラファエル以前兄弟同盟」と呼びました。

ラファエルはイタリア・ルネサンス最盛期の頂点、ラファエロ・サンツィオのこと。ルネサンス以降の西洋美術は延々とラファエロを規範として仰いでいました。ラファエル前派の青年たちは、それ以前の美術を目指そうとしたのです。

……でも名前に「ラファエル」とつけちゃうと、一見ラファエロをリスペクトしているように感じちゃうよね?

もともとこの名前になったのは、ハントが同級生と話している時にラファエロを批判し、「Pre-Raphaelite」と半ば揶揄されたところから来ているようです。美術の潮流は批判から名前がついて行くことが多いのが面白い。印象派しかり。フォーヴィズムしかり。

 

ラファエル前派の目指したもの。

あまりに技巧を追求するようになってしまったラファエロ以降の絵。それ以前の絵は「素朴でシンプルで明るい」ものでした。明確な輪郭線を用いた、まだ遠近法もあやふやな頃。

個人的にはそれほど中世めいた雰囲気はないなと感じるんですけどね。でも色合いは鮮やか。特に全体的に赤に特徴がある気がします。

さらに彼らは技法的な意味でも正確さを志しました。それもかなりのところまで。あまりに細部までこだわったので、全体的に見るとバランスが崩れていたりということがあったそうです。

そのこだわりにより、モデルの使い方も徹底していました。川に流されて行くオフィーリアを描くのに実際に風呂桶にモデルを何時間も漬けっぱなしにしたとか、イエスの父・ヨセフを描くのに実際に大工さんの筋肉をデッサンしたとか。

その時間をかけたデッサンのせいもあるのか、ラファエル前派はモデルとの恋愛関係が多い。関係者の間で1人の女性を取り合って……という恋愛事件もあったようです。

 

ラファエル前派の代表的な画家。

最初に書いたように、

ハント

ミレー

ロセッティ

が代表的な画家です。とはいえ3人全員が、長い画業のうちずーっとラファエル前派のスタイルで描き続けていたわけではありませんでした。

中心人物、ウィリアム・ホルマン・ハント。

この人はそんなによく知らないんですよねー。でもこの人はラファエル前派の中心人物で、最後まで理念に忠実な絵を描いたそうです。

ハント「良心の目覚め」

Hunt-AwakeningConscience1853.jpg

ハントの絵といえば多分これが有名。女性は男性の愛人で、いつものように戯れていた時に「こんな生活をしていてはいけない!」と天啓に打たれたというシーンなんだそうです。

でも絵的にはあまりに日常の舞台すぎて、いちゃいちゃしている新婚夫婦にも見える。奥さんが「あっ!洗濯物を取り入れるの忘れてた!」と思って立ち上がったところといっても通る。

ハント「贖罪の羊」

William Holman Hunt - The Scapegoat.jpg

この絵の方が魅力的に感じるのだが。克明な細密描写が、こういうシンプルな主題で活かされるのではないかと思うんですよね。独特な雰囲気でいい絵だと思うんですが。そんなことをいいつつ、これほどリアルな山羊を部屋の壁に飾るのは躊躇する。

「オフィーリア」の画家、ジョン・エヴァレット・ミレー。

ミレーは1853年にはロイヤルアカデミーの準会員になり、ラファエル前派から離れ、1860年頃からは伝統的な画風になるそうです。ラファエル前派はロイヤルアカデミーの伝統的絵画に反発して設立された団体だったのですが。

なので名実ともにラファエル前派として活動していたのは最初の5年ほど、画業の最初期のみになりますね。でも3人の中で一番認められていたのはミレー。ヴィクトリア女王も贔屓にしていたそうです。その寵愛もミレーが知人の妻と恋愛関係に陥り、その女性と結婚するに至って衰えるそうなんですけれども。

そういえば、「落穂ひろい」のミレーとは別人です。あっちはフランス人。ミレイという表記の仕方もあるらしい。

ミレー「オフィーリア」

Sir John Everett Millais 003.jpg

イギリス絵画最高の一枚。――だと思うのですが、どうでしょう?まあ見解の相違はあるにせよ、ベスト3には入りますよね。

これが例のモデルを風呂桶に漬けっぱなしにして延々とデッサンを続け、冷え切ったモデルが肺炎になりかけたという外道な絵です。何時間というレベルだったらしいよ。このモデルの女性は後にロセッティの妻になりました。でもその結婚生活は不幸で、彼女は酒と薬に溺れ若くして命を失います。

徹底した写生を重ねて描いたらしく、川のどの場所で描いたかも伝わっていて、絵に描かれた植物もその場所の植生通りだそうです。執拗なくらいに細部を写したラファエル前派らしい。

オフィーリアはシェイクスピア「ハムレット」に出て来るハムレットの婚約者。父の復讐を決意したハムレットに冷酷に扱われ、さらに父をハムレットに誤って殺され、狂気に陥り入水自殺してしまいます。

作品は、戯曲の場面としては出て来ない(目撃した人が語る)オフィ―リアの死のシーンを目に見える形にしたもの。そういう意味でも単なる挿絵ではなく貴重。

ミレー「ロンドン塔の二王子」

Princes.jpg

この頃はもうラファエル前派ではなく、かなり伝統的な手法の絵画に寄っていました。これは画題が好きで。

この少年たちはエドワード5世とヨーク公リチャードの兄弟。叔父のリチャード3世にロンドン塔に幽閉され、後には暗殺されたのではないかと言われています。夏目漱石の「倫敦塔」にもこの少年たちの幻想がちらっと出てくる。

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王位を狙う周りの大人たちに翻弄され、おそらくは命を奪われてしまった少年たち。絵にはその心もとなさ、悲劇性がよく出ていると思います。兄弟でしっかりと握りあった手が痛々しい。

しかしリチャード3世暗殺説も確定ではなく、日本でいえば「本能寺の変の黒幕は誰か」などと同じに歴史上の謎とされています。

「運命の女」を描いた画家。ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ。

ロセッティは後半になるに従ってラファエル前派の特徴だった執拗な細部主義からは離れ、ロマン性、幻想性が強くなっていきます。イギリス象徴主義の初めの一人。

ロセッティはアーサー王伝説が大好きだったそうです。これは日本でいえば、うーん、倭建命伝説といったところですか。

この人は「運命の女」をよく描いた人でした。物憂げな、しかし強いまなざし。ぽってりとした赤い唇。豊かに波打つ黄金の髪。

ロセッティ「プロセルピナ」

Dante Gabriel Rossetti - Proserpine.JPG

ロセッティの一枚といえばこれでしょうか。「運命の女」の典型。

プロセルピナはローマ神話に出てくる少女。野原で花摘みに興じている時、冥界の王プルートに見初められ、そのまま地下世界へ連れ去られてしまいます。しばらくして母である豊穣の女神ケレスがようやく居場所を探し当て、地上へ連れ帰ろうとしたのですが、その時プロセルピナはすでに冥界でザクロを口にしてしまっていたため、掟により帰れなくなってしまったのです。

昔から、どのあたりがプロセルピナなのか疑問な絵だったが……。今回調べてみて初めて知りました。これはモデルの女性、ジェーンと不倫関係にあった時期の絵で「意に沿わない結婚をした」という意味で、彼女がモデルだからプロセルピナである必要があったんですね。

ジェーンは弟子であるウィリアム・モリスの妻でした。ロセッティは彼女を愛し、彼女をモデルに多数の絵を描きます。

……わたし思うんですけど、若い頃の木村拓哉に似てませんか。女性にしては男顔。肩もがっしりしているし。

ロセッティ「ベアタ・ベアトリクス」

Dante Gabriel Rossetti - Beata Beatrix, 1864-1870.jpg

こちらはロセッティの妻であるエリザベス・シダル――ロセッティの不倫という苦悩の中で死んでいった――をモデルとした一枚です。妻の死後、ロセッティが贖罪の想いを抱きながら描いた絵。

絵全体に金色の後光を描き入れ、神聖な雰囲気を漂わせています。ベアタ・ベアトリクスは聖女(正確には福者)ベアトリーチェのこと。ベアトリーチェはダンテ・アリギエーリが書いた「神曲」の中で、主人公ダンテが永遠に慕う女性です。

ロセッティにとって自分の名前である「ダンテ」が書いた「神曲」は大きな意味を持った文学作品であり、その中の永遠の恋人ベアトリーチェは特別でした。

 

イギリス美術は。

わたしにとってイギリス美術史はラファエル前派で打ち止めなんですよねー。

このあとも、たとえばビアズリーもいます。
アメリカ人ながら生涯のほとんどをヨーロッパで過ごし、なかでもイギリスに長く住んだサージェントもいますし、
彫刻ではヘンリー・ムーアとか。
近年ではバンクシーが話題を提供していますね。

――が、わたしは正直なところ、近現代美術に興味がないのです!趣味が保守的だからなあ。もう少し柔軟に好みが広がっていくようだといいんだけれども。

ビアズリーはそれでも、その特異な画風で気にならないことはないし、サージェントはわりあい好きな画家。すっかりアメリカの画家だと思っていたけれど、経歴を見てみるとヨーロッパ育ちですね。

が、ルネサンスでさえ2記事にしかしていないのに、イギリス美術ということで4つも書いてしまったので、ラファエル前派の盛り上がったところで収束させたいと思います。

今回振り返ってみて思いますが、イギリス美術という意味ではやはりターナーとラファエル前派を目当てにするといいですかね。イギリスで絵を見るならばロンドン・ナショナルギャラリーですが、しかし「イギリスの絵」を見るならば行くべきはテイト・ブリテンです。ここでなら、他であまり見られないターナーとラファエル前派がまとまって見られます。

テイト・ブリテンへどうぞ。

 

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