季節は冬ですが、真冬の今の時期に夏の夜空に思いを馳せるのもいいでしょう。湿った熱い風の吹く夏の夜空の雰囲気を思い出しながら、星の話をいたしましょう。
アンタレス。意味は「火星に対抗するもの」。
夏の最大の大物といえばさそり座。そのアルファ星(=その星座の中で一番明るい星)がアンタレスです。
アンタレスはね。目立ちますよ。星に詳しくない人でも、夏の20時頃、南の空を眺めたら赤い星が煌々と輝いているのが一発で見えると思います。それがアンタレス。サソリの心臓です。
アンタレスを見つけたらさそり座を見つけるのは簡単。さそり座は北半球の星座で冬のオリオン座についで多分2番目にわかりやすい形の星座。アンタレスの周りを見ると、星がでっかい「J」の字というか、筆記体の「T」の字に並んでいます。星座は「なんでこの形でこの星座名?」と納得出来ないことが多々あるのですが、さそり座はけっこう納得出来ます。
ただ、初めて星座を見る時はそのサイズ感がわかりにくい。星座って多分想像で考えているよりも巨大です、多分。さそり座はとりわけ大きな星座なので、南の空いっぱいに見えるはず。
アンタレスの名前の由来は、アンチ・アーレスというギリシャ語です。アーレスが戦いの神様で火星のこと。それにアンチですから「敵対者」。しかし元のギリシア語のアンチには対抗するという意味ばかりではなく、似ているという意味もあるそうですから、「火星に似たもの」という意味もあり得る。火星も赤い星、アンタレスも赤い星だからですね。
日本での和名は「赤星」(あかぼし)でした。星は温度によって色が違うので、青白い星、白い星、黄色い星、赤い星といろいろですが、青白い星が高温の星で、赤い星は低温の星。低温といっても当然恒星は燃えているので、2000度~3300度と、近づいたらあっという間に蒸発してしまう温度です。数としては白く見える星が一番多く、赤い星は少数派。このアンタレスと、冬のオリオン座のベテルギウス、おうし座のアルデバランが赤い星御三家。
「二人のアカボシ」というタイトルの歌が記憶の片隅にありました。わたしはしっかり聴いたこともないままこのアカボシがてっきりアンタレスのことだと思っていたのですが、歌詞を見たところ、これは「明星」(あかほし)=「明けの明星」=金星のことのようですね。夜明けの町だから。なるほど、だからジャケットがチャルメラなのか……。(←明星食品)
改めて聴いてみたらいい曲ですね。カラオケで歌ってみたくなった。ここ20年でレパートリーは多分5曲くらいしか増えてない気がする。
さそり座のギリシャ神話。
さそり座のギリシャ神話はですね……。けっこう殺伐としています。
このさそりは乱暴者のオリオンを殺すために女神ヘラが送った刺客。オリオンは有能な狩人であり、その反面傲慢で神々に対しても恭順の姿勢が見えなかったので(ギリシャの神々は自分たちへの恭順にきびしい……)、神々の王ゼウスの妻、ヘラによって殺されてしまったと。
でも星座の存在感に比べて神話において演じる役割が小物ですね。神話ではサソリは単にサソリですから、オリオンをぷすっと刺して終わり。まあこじつけにしか見えない他の星座の形に比べて、さそり座はいかにもサソリっぽいから、何とかサソリが出てくる話をでっち上げたのか。まあサソリに個性を与えるということも難しかろう。神の一人が化けているというのならまだしも。
オリオン座とさそり座は夏と冬の対極の位置にあり、オリオン座が沈む頃さそり座が現れ、さそり座が沈む頃オリオン座が東の空に姿を見せることになっています。これを「サソリを恐れるオリオンが逃げている」または「オリオンがサソリに復讐しようと追いかけている」と表現されます。わたしはオリオンが追いかけているという方が納得出来ますけどね。
夏の大三角。アルタイル、ヴェガ、デネブ。
星座とは別に、明るい星を結んだ三角形(ないしは四角形)を、
春の大三角
夏の大三角
秋の大四辺形
冬の大三角
と呼びます。夏の三角形は、わし座のアルタイルとこと座のヴェガ、はくちょう座のアルタイルによって構成されています。
何月であるかと時間によってだいぶ位置を変えるので、どう見れば見つかるというのも難しいですが、夏の夜に花火をするとして、その頃だいたい真上に明るい星が3つ見えればそれが大三角です。わし座とこと座はその形から「わし」や「こと」を連想するのは難しいですけど、はくちょう座はきれいな十字型なので多分白鳥に見えると思います。はくちょう座を見つければ、そのなかの一番明るい星がデネブ、その近くに同じくらい明るい星が2つあればそれがアルタイルとヴェガ。
アルタイル。意味は「飛翔する鷲」。
夏の大三角の3つの星はアラビア語由来だそうです。イスラム文化圏はある時期に学問的にヨーロッパを凌駕していたので、科学などの用語にアラビア語由来のものが多い。アルコール、アルカリ、アルジェブラ(代数)など。アルはアラビア語の定冠詞なので、英語などに単語として取り込まれる際にそのままくっつき、アルがつく単語は非常に多いです。
わし座のギリシア神話。
このわし座も神話としては地味ですねえ。申し訳に出て来る感じ。
美少年ガニュメデスをさらうために神々の王ゼウスが変身した大鷲の姿。諸説あるうち、これが一番メジャーでしょうか。ゼウスは美女や美少年をさらってばっかりいるんですよ……。まあ美少年はわたしが知る限りガニュメデスだけかな?
さらわれたガニュメデスはどうなったかというと、神々の侍者として宴会でお酒を注いで回っているそうです。それがみずがめ座。みずがめは水瓶のかたちの星座ではなくて、水瓶を持った(美)少年の形の星座。とはいっても、みずがめ座の星のつなげかたを見ても、あまり人間の形には見えないんですけどね。地味な星座なのでわたしは実生活ではみずがめ座を見たことがない気がします。
ヴェガ。意味は「急降下する鷲」
これはちょっと混乱する話です。
ヴェガはこと座のアルファ星。こと座の神話はギリシャ神話側にあります。しかし星の名前はアラビア語由来で「急降下する鷲」=アン・ナスル・アル・ワーキ。このアン・ナスルなんとか……がヴェガに変わる意味がわからない。響きに共通点がまったくないではないか。
わし座はわし座で別にあるしねえ。さらにややこしいことにこと座に決まる前はギリシャでも鳥座と言われていたらしい。その上、白鳥座まであるわけで。ややこしや。
こと座のギリシャ神話は、これは有名な神話のなかの小道具……という位置づけです。こと座の琴は、オルフェウスという竪琴の名人が持っていたもの。
オルフェウスは愛する妻が毒蛇に咬まれて死んでしまったのを諦めることが出来ず、死者の世界である冥界に行き、冥界の王ハデスに妻を生き返らせてくれるように願い出ます。
もちろん使者を生き返らせるなどとんでもないこと。ハデスは許しませんが、オルフェウスの竪琴の調べの美しさに心を打たれたハデスの妃、ペルセボネが口添えしてくれたおかげで、「後からついて行く妻を振り返らずに地上へたどり着けたら帰ってもいい」という条件付きで、妻はオルフェウスと一緒に戻れることになります。
冥界から地上への長い道のり。後ろからついて来る気配もありません。それでもオルフェウスは後ろを振り返らず、黙々と歩き続けました。
そしてようやく、冥界の出口が見えて来ました。わずかにこぼれる地上の光。オルフェウスはほっとしたあまり、思わず後ろを振り向いてしまいます。
しまった、と思った時はすでに遅く、妻はすうっと消えて行きました。悲しみをたたえた顔のまま。
妻を永遠に失ってしまったオルフェウスは気が狂い、地上に出て川に落ちて死んだとも、祭りで泥酔した女たちに殺されたとも言われています。それを憐れんだ神々が希代の竪琴の名手の形見として愛用の竪琴を天へ掲げたとか。
オルフェウスのの冥界下りの話はギリシャ神話の中でも有名なものの一つで、たまーに絵画で描かれたりもします。西洋古典絵画ではギリシャ神話をモチーフにしたものも多いので、ギリシャ神話を知っていると何を描いた絵かわかります。
これがいい本。だがかなり以前の出版なので、古本でしかないようですね。
聖書のバージョンもおすすめ。
デネブ。意味は「(雌鶏の)尾」。
はくちょう座のアルファ星、デネブ。まさに白鳥の尾の位置に輝く星です。はくちょう座は天の川の中にある星座なので、人里離れた暗い場所で見ると、白くぼんやりとした天の川に大きな十字形がかかってドラマティック。
ギリシャ神話では、この白鳥はゼウスが変身してレダを誘惑したあの白鳥と言われています。ゼウスはとにかく変身して女をたぶらかすんですよね……。これも西洋絵画でたまに取り上げられるものの一つ。レオナルド・ダ・ヴィンチも「レダと白鳥」というタイトルの絵を描いています。
このレダはスパルタの王様の妻だったのですが、ゼウスによって子を産みます。それもご丁寧に4人を同時に卵で産んで、しかもその片方の卵には人間であるスパルタの王様の子どものカストルとクリュタイムネストラ、もう片方には大神ゼウスの血を引くポルックスとヘレネー。よくそう器用に産み分けましたね。
このうち、カストルとポルクスは最終的には天にのぼって星座になります。父親の位が響いたらしく、神が父であるポルックスは天へ上げられてもカストルより明るい一等星、人間の父親を持つカストルはそれよりちょっと暗い。
なお娘たちの方のヘレネーは絶世の美女としてトロイア戦争の火種となりました。まあお父さんが最高神ともなると絶世の美女もあり得るでしょうねえ……。
4人の中の最後の1人のクリュタイムネストラは、トロイア戦争でギリシア側の大将だったアガメムノンの王妃でしたが、夫がトロイア戦争に行っている間に不倫をし、間男と共謀して戦から帰って来たアガメムノンを殺し、その敵討ちとして息子に殺されるというかなりどろどろした人生を送った人です。
日本の星の神話、織姫と彦星。
アルタイル、ヴェガ、デネブが夏の大三角という話をしましたが、日本ではアルタイルとヴェガがそれぞれ彦星、織姫として認識されています。
これは昔々、中国から伝わって来た神話であり季節の祭りなんですよね。天の川のこっち側とあっち側で対峙している星の姿が、引き裂かれた恋人たちに見えたらしい。
ちなみに織姫は文字通り「織り」の上手ですから、七夕は手織りの上達を願うお祭りでした。現代は手芸・手仕事全般の上達。また習字が上手くなることを願って梶の木の葉に歌を書いて神に捧げる、という風習もありました。
夏の華やかな星たち。
夏は冬に次いで明るい星が多い季節です。明るい星から星座を探すことが出来るので見つけやすいし、外に出ていても寒くないから、星の観察には向くでしょう。(迷惑にならない場所で)花火などをしながら星を見てみるのもいいかもしれません。市街地や住宅地などでは思いのほか地上の明るさで星が見えなくなるので、危険を回避した上で少し暗い場所で見た方が見つけやすいと思います。
まだ冬ですが。夏の夜空を今から思い描いて。
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