美術館にはいろいろなタイプがあります。最初から美術館を作ろうと思ってそれ専用に建物を建てたところもあれば、お城や宮殿を転用したもの。そして大金持ちが積極的に集めた美術品を、その人の邸宅をそのまま使って展示したもの。
フリック・コレクションは最後のタイプです。鉄鋼王のヘンリー・フリックの自宅を使って彼がコレクションした絵画や彫刻・家具・陶磁器を総合的に見せています。基本的には持ち主が実際に住んでいた頃の姿をそのまま残しています。
個人コレクションってピンキリですが、持ち主と好みが合えば国立、公立の美術館よりも居心地のいい空間になり得ます。フリック・コレクションはなかなか粒よりの作品が集まっているところ。素人目にもきれいな絵画が多く、見ていて楽しい。絵画のラインナップはルネサンスから印象派まで幅広い。肖像画が多いです。多分ご本人が肖像画が好きだったんでしょうね。
フリック・コレクションの場所はどこ?
セントラルパークの横。セントラルパークと言っても説明にならないほど広いけど。セントラルパークに面した5番街沿いで横は70th St.の道。メトロポリタン美術館から1キロほど南になります。周辺は有名ブランドの店が多いみたい。
営業時間と入場料。
〇営業時間
月曜 定休日
火曜から金曜 10:00~18:00(入場は17:30まで)
日曜 11:00~17:00(入場は16:30まで)
なお、第一金曜は21:00まで開館しており、18:00から21:00は入場無料。
書いてないけどおそらく他の日同様に入場は20:30までと思われる。
注意点として「閉館時間15分くらい前から閉める準備を始めるからねー」って書いてある。なのでぎりぎりに入場するのは止めた方がいいと思います。美術館としてはメトロポリタンほどでかいわけじゃないけど、気持ちをゆったりさせて見たいじゃないですか。
〇入場料
大人 22ドル
65歳以上 17ドル
身障者付き添いの方 17ドル
学生(証明書要) 12ドル
なお、10歳未満のお子様は入場いただけません。こわれものが多いからだそうです。
祝日は基本お休みのようなので公式サイトをご確認ください。祝日が日本と違うからうっかりしがちかもしれません。
フリック・コレクションってどんなところ?
この美術館は内部の撮影は禁止ですが、内部の雰囲気が味わえる動画あったので見てください。
フリック・コレクションの全体的な紹介映像なので、前半はヘンリー・フリックの人生の紹介。
開始から3分40秒くらいから始まる、この邸宅の建築の工事の写真はちょっと面白かった。
4分50秒くらいから現在の内部や作品が雰囲気が映ります。
まー、すごい大邸宅ですよ。こうなると見た感じも私邸という雰囲気ではありませんね。外観もごっついし。公邸とまではいかなくても迎賓部分に相当な比重がある。
ヨーロッパの雰囲気がありますねー。ニューヨークで味わえるヨーロッパ。アメリカのお金持ち階級はヨーロッパ的、古典的なデザインに憧れがあったんだろうな。わたしも古典好きなのでニューヨークの、味わいのない……というと語弊があるが、現代的な世界の中でフリック・コレクションのような内装だと有難味があります。
フリック邸が作られたのは1913年頃だそうですから「グレート・ギャツビー」あたりと同時代かな。ギャツビーの時代はもう少し遅いか。アメリカに貴族階級はなかったが、上流階級というか金持ち階級は煌びやかに身の回りを飾っていたのでしょう。
印象派やそれ以降の画家たちに価値が出たのもこれらの階級の人が金に糸目をつけず購入したからという側面が強い。良くも悪くも伝統的な価値観の強いヨーロッパだけに任せて置いたら、今ほど印象派が人気になったかどうか。
とはいえ、わたし自身は超保守的なので、もし同時代で印象派を見たとしてそれを良いと思った気は全くしない。絶対「なんだ、この雑な筆致は!」とか、モネを見てぷんぷん怒っているタイプだと思います。
どんな絵があるの?
海外ではフラッシュを使わなければ作品の撮影を許可している美術館も多いのですが、フリック・・コレクションは作品の撮影禁止。
傾向としては有名画家の中どころの作品が多い印象。誰もが知っている有名作品というわけではなく、画家の名前は有名だけれどもここにある作品単体で有名というのはあまりないです。そのあたりがいいのかも。その時出会った、初対面の一枚として見られるから。
ここの目玉はフェルメールの絵が三枚あること。
フェルメール「婦人と召使い」
ヨハネス・フェルメール - 不明, パブリック・ドメイン, リンクによる
フェルメールは近年大変人気のある画家。寡作で、今まで30点ちょっとしか作品が見つかっていません。しかもその中に真作かどうか疑われるものもありますから、余計に偶然出会うことは珍しい。
フリック・コレクションの階段付近の壁にフェルメールの作品を見つけた時には、旧知の者に会ったような安心を感じたものです。この時はメトロポリタン美術館でフェルメール展をやっており、そっちは人がごちゃごちゃいたから余計。この絵はメトロポリタンに貸し出さないのかな、ご近所さんなのに、と疑問に思ったものですが、フリック・コレクションの所蔵品は門外不出らしい。なので他の美術館に貸し出すということはなく、ずーっとここにあります。ここに来れば確実にフェルメール作品に会える。
とはいえ、わたしはフェルメール作品の約3分の1を占める「男と誘惑される女」のモチーフと「女主人と忠実ならぬ召使い」のモチーフはあんまり好きじゃないんですよねー。フェルメールの静謐な、大げさにいえば神性を帯びた光にはこういう俗っぽいテーマではなくて、もっと美しいテーマが似合ったのではないかと……。
この「夫人と召使い」という絵にしても、これを単体で見れば特に忠実ならざる召使いという風には見えないのですが「恋文」「手紙を書く女と召使い」を合わせて見ると、不倫の恋にはまっている女主人と女中の冷めた関係性が浮かび上がるようになっていて、不穏。
この他のフェルメールは「兵士と笑う娘」
ヨハネス・フェルメール - BAGeJEKy9TZJog at Google Cultural Institute, zoom level maximum, パブリック・ドメイン, リンクによる
「中断された音楽のレッスン」
ヨハネス・フェルメール - 不明, パブリック・ドメイン, リンクによる
この2枚も見ている分には普通の絵だけれども、これが他の絵と合わせるとだんだん誘惑される方へ傾いていくので不安。当時はこういう風俗画が売れたんだろうけどなあ。本当にこういうテーマで書き続けたかったんだろうか、フェルメールは。
エル・グレコ「聖ヒエロニムス」
エル・グレコの「聖ヒエロニムス」もあります。
エル・グレコ - The AMICA Library, パブリック・ドメイン, リンクによる
もっとおどろおどろしい画風がスタンダードなエル・グレコですが、肖像画だとそういう部分は抑えられて穏やか。それでもだいぶ細長い感じの特異な人体になっています。長いあごひげのせいだけじゃなくて。
タイトルは「聖ヒエロニムス」。聖書をラテン語に訳した聖人として有名。ただこれは誰かモデルがいて、服装も当時の服装で書いていると思います。アイテムとして聖書も描き添え、タイトルを「聖ヒエロニムス」とはしているけれども。歴史的には聖ヒエロニムスは紀元400年前後の人だそうですから、こういう服装ではなかったはず。
さっきのyoutubeにも出ていましたが、この絵が暖炉の上に飾られ(絵を飾る位置としては一番映えるところ。日本でいえば床の間的な)、その左右にホルバインの絵が飾られているんですよね。
ホルバイン「トマス・モアの肖像」「トマス・クロムウェル」
「トマス・モアの肖像」。
「トマス・クロムウェル」。
ハンス・ホルバイン - The Frick Collection, パブリック・ドメイン, リンクによる
この3枚の絵の三位一体感というか、本尊脇侍感がすごい。エル・グレコとホルバインは基本的に関係ないと思うんだけど、フリックさん、こう並べますか!と思う。また都合良く、トマス・モアは向かって右に向いてるし、トマス・クロムウェルは左に向いているんだよね。
トマス・モアとトマス・クロムウェル。
ちなみにトマス・モアはイギリスで1500年前後に生きた人で、学者・大法官(当時は官僚として最高位)をしていた人だそう。が、ヘンリー8世(エリザベス1世のお父さん)と王の離婚問題で対立し、最終的には斬首されてしまったらしい。モアは敬虔なカトリックで曲がったことが嫌いな清廉な気性だったようだ。
トマス・モアを斬首に追い込んだのが、ヘンリー8世とその側近だったトマス・クロムウェル。クロムウェルはヘンリー8世の離婚問題を解決しようとして、結果的にイギリス国教会を成立させる法律を考え出すこととなりました。
こういうとトマス・モアが善玉でトマス・クロムウェルが悪玉のような気がするんですが、そこまで単純な構図でもないのかな。ヘンリー8世は暴君ではあっただろうけれど強い王様としてイングランドの礎を築いたという側面もあるんだろうし。
ホルバインがこの2枚の絵を描いた経緯が気になります。わたしはホルバインってもっと後世の人だと思っていたのですが1498年 - 1543年に生きた人で、普通にモアやクロムウェルの同時代人でした。モアが20歳、クロムウェルが13歳くらい上だけれども。
なので、基本的には本人注文。だろうと思う。正確には知らないけれども。仮にそうだとすれば、この2枚の出来の差が気になります。
トマス・モアの方は凛々しくて服の光沢も見事で、装飾品も丁寧に描いているが、クロムウェルの方はだいぶ精彩に欠ける気がする。並べなければそこまで気になるほどではないですが、並べて見ると絶対モアの方が勝ち!という気がする。この差は一体何なのか。
その経緯を考えてみると……
モアの絵が描かれた1527年は大法官になる前。50歳くらいですから、彼の人生が一番充実していた頃かもしれません。
それに対してクロムウェルの絵は1532年か1533年に描かれている。1532年5月16日はモアが大法官を辞任してヘンリー8世との仲が決定的に決裂した日です。ということは、ずっと目の上のこぶだったモアの失脚を見届けて権力者になったクロムウェルが、(モアと親しかった、宮廷画家の)ホルバインに得意になって注文した絵だと見られる。
しかしホルバインはクロムウェルに反感を持っていたのでだいぶ手を抜いた。
という想像も出来る2枚だと思うのですが、いかがでしょうか。
フリック・コレクションにはこの他にも、ベラスケスやレンブラント、ゴヤ、その他いろいろあります。肖像画しかないわけじゃないけど、とにかく肖像画たっぷり。あ、ロムニーやレイノルズなど、肖像画をたくさん描いた画家の作品も見られます。ロムニーの描く女の人は美女ですよ。
絵だけではなく、家具も見どころ。
邸宅美術館のいいところは生活環境をあまり崩さずに展示しているところ。特にフリック・コレクションはそのまま残してます。
家具もいいのが揃っている。さすが大富豪という手の込んだ細工。好き嫌いはあるでしょうが、わたしはここの家具好きだなあ。金ぴかながらも上品な感じがする。多分面積に対して家具の数を控えめに配置しているからでしょう。これがちょっとでも詰め込み過ぎると金がうるさくなってしまう。豪華さがプラスに働いている少数派な例。
ところでこのチェストに一体何を入れていたんだろう。自分ちのタンスに入っているものを考えてみましたが、はさみとか古新聞とか入ってないよね。そぐわないことこの上ない。だからといって何も入れないというのも変だよね。主目的は部屋の装飾だとしても。フリックさんに訊いてみたい。
そして、ハート・オブ・フリックコレクションの中庭。
そして学芸員も「こここそフリックコレクションの精髄」と自慢する中庭。
建物の中心部にかなり広いホールがあります。ホールというより中庭。そこの全体にガラスで屋根をかけて噴水なんかも置いてしまう。緑なんかも植えてしまう。ここが気持ちのいい空間なんです。このガーデンコートは実際に暮らしていても、気分を変える気持ちのいい空間だったと思います。
これだけ広い建物だと内部には光がほとんど差さなくて、昼でも電灯必須のことが多いですが、この建物は中庭のおかげでかなり明るい。
昔々ローマ時代の住宅はたしかこういうタイプの中庭があった筈。ポンペイ遺跡の復元CGで見たことがある気がします。そういうところにヒントがあったのかなと思う。柱もイオニア式だし。それはギリシャ建築だけれども、ローマはギリシャを踏襲しているってことで。
貧乏性なのでどうもこういう広い空間だと暖房効率が気になるのですが、どうだったんでしょうね?ニューヨークは冬寒いらしい。ほとんど外な扱いだったのかな。それとも湿気や何かでけっこう住み心地が悪かったということもあるだろうか。四季を通じて住んでみないとわからないことってありますよねー。
フリック・コレクションはニューヨークで一番気に入った美術館でした。
わたしはここ、すごく気に入ったんですよねー。
メトロポリタン美術館に行ったのですがなんか味わいがなく、MOMAは近代美術のわりには好きだったけど、グッゲンハイム美術館にいたっては行ったことすら忘れていたという合わなさ加減。
フリック・コレクションがニューヨークで行った美術館の中で一番良かった。
ニューヨークへ行ったら是非行って欲しい場所です。建物・絵画・彫刻・家具を含めて総合的に愉しめます。そして中庭であるガーデンコートでくつろいできてください。そういう場所を、あとでふと思い出すものですから。
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