美術を楽しく見るためには、まず自分がどんなものが好きかを突き止めることが大事です。単純なことですが、これに気づかないと延々と好きじゃないものを見て、愉しくなく、オベンキョウとしか思えない……そういう羽目におちいります。
絵は(彫刻は)楽しく見たいじゃないですか!
なので、今回も美の大海のなかに漕ぎ出す一艘の小舟の気概を持って(?)、いくつかのジャンルの美術を見てみたいと思います。
中世美術とは。
……とはいっても、中世美術って難しー。正直いって定義がよくわからない。古代とルネサンスの間のもやもや~っとしたところを中世と呼ぶんだろうなあと……。自分の中でも大変に漠然としています。
初期キリスト教美術。
キリスト教は今から約2000年前に生まれたイエスを救世主として信仰する宗教です。キリストが生まれた年を基準とするはずの西暦ですが、現在の研究ではイエスは紀元前6年または4年頃に生まれたらしい。紀元30年頃、磔になったと言われています。
そして少しずつ少しずつ広まって、紀元380年にキリスト教はローマ帝国の国教となりました。その後の数百年で世俗の権力も手に入れ、現在は世界最大の宗教。ここの歴史は興味深い。
キリスト教美術は西暦2世紀?3世紀?くらいからずーっとずーっと作られ続けています。近年になってさすがに美術史に出て来るような作品は減ってはいるけど、宗教画は作られ続けるでしょう。
――そーゆーわけですので、作られ続けているキリスト教美術の、初期だけを取り出すことは大変に難しい!全然心当たりがない!カタコンベ(地下墓地)の壁画などがありますが。わたしは好きなものがない。
「プリシッラのカタコンベの良き羊飼い」
パブリック・ドメイン, リンク
たとえばこんなところですか。美術というか、遺跡か。
ちなみに、以後作られまくるキリスト教の宗教画ですが、最初期の頃は偶像崇拝は禁止でした。なので人物を描かずに魚をシンボルマークにしていたり、ギリシャ語のΧ(キー)・Ρ(ロー)をシンボルにしていたりしたそうです。
仏教も初期は偶像崇拝禁止でしたね。なので、釈迦如来などの像を彫ることは出来ず、代わりに足の裏(?)を彫っていたりした時代があります。これは仏の足跡を表していたそうですが。……足の裏を彫るくらいなら、もう姿を彫っちゃえよ。
ビザンティン美術。
5世紀から15世紀まで続いた東ローマ帝国。そこで展開した美術様式がビザンティン美術です。
ビザンティン美術は好きだー!
ビザンティン美術はねー。とにかく金。きらきらが特徴。背景が金色だったらみんなビザンティン美術!……というのはちょっと嘘で、背景が金色なのはクリムトもそうですね。でもクリムトの金色はビザンティン美術を取り入れたものだと思うよ。多分。まあ日本の金屏風も金ですが。これは別系統の話。
ビザンティン美術といえばモザイクが見どころ!
「アヤ・ソフィアのデイシス」
Photo: Myrabella / Wikimedia Commons, パブリック・ドメイン, リンクによる
これ、美しいですねえ。モザイクが細かくて。トルコ・イスタンブールにあるアヤ・ソフィア大聖堂(博物館)、その壁にあるモザイク。
「デイシス」というのは「全能者としてのキリスト」だそうです。左右で聖母マリアと聖ヨハネが礼拝している。威厳を示したキリスト。
同じタイトルの絵はいっぱいあります!
話はちょっとずれますが、キリスト宗教画では同じタイトルの絵がとてもたくさんあります。
イエスは幼児の姿で表されたり、磔刑図に描かれたり、そこから降ろされているところ、……イエスの人生の中でいろいろなシーンが描かれます。同じシーンであれば同じタイトルがつけられることが多いので「幼児キリスト」「磔刑図」「十字架降下」など、タイトルが同じものが山ほどあります。
同じタイトルのものをどうやって区別するのか。これにはいろいろパターンがあります。
〇作者名+タイトル。(例:「ダ・ヴィンチの洗礼者聖ヨハネ」)
〇特徴的な持ち物+タイトル。(例:「ざくろの聖母」)
〇元の持ち主の名前+タイトル。(例:「大公の聖母」)
〇現所蔵美術館+タイトル。(例:ルーブルの「岩窟の聖母」、ロンドンナショナルギャラリーの「岩窟の聖母」←これなんかどっちもダ・ヴィンチの作品で、しかも構図もほとんど同じなんだから始末が悪い!)
……これらは法則性も何もなく、みんなが呼びたいように呼んだ結果、よりわかりやすいものが定着していくという。なので同じ絵を表すタイトルが2種類あることがあります。フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」は「青いターバンの少女」とも呼ばれ、タイトルからすると同じ絵には思えないのですが指している絵は同じもの。
ちなみにわたしは「真珠の耳飾りの少女」の方を定着させたい!
話を戻して。
ビザンティン美術といえばラヴェンナ。
わたしは10年ほど前イタリアのラヴェンナに行きました。ここはビザンティン美術の宝庫です。
すごく素敵なところですよ!
この町にはビザンティンモザイクの良作がたっぷりあるので、ビザンティン美術を見たいと思ったらここに行くのが正解。美しいモザイクばかりでとても楽しかった。
「サンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂のモザイク」
Автор: <a href="//commons.wikimedia.org/wiki/User:Berthold_Werner" title="User:Berthold Werner">Berthold Werner</a> - <span class="int-own-work" lang="ru">собственная работа</span>, Общественное достояние, Ссылка
これは美しかったです。写真の10倍くらい緑が鮮やかでね。平和な緑の野原。白い子羊の群れが(類型的だけれども)可愛くて。当時ここにいて、小さい時からこれを見て過ごせば、すんなり良きキリスト教徒になっていくんだろうなと思った。「かわいい宗教画」の数少ない例の一つ。
ビザンティン美術は名品が数々あるのでジャンルとしてお勧め。しかもモザイクはだいたい壁画として今も建物にくっついているので、けっこう作られた場所にそのまままとまって残っています。これは美点でもあり欠点でもある。あるところに行けばたっぷり見られるけれども、日本ではなかなか名品の類は来ないということですね。なにしろ壁画だからでっかいし。
土着性のある美術作品は、作られたその場所で、その光でその空気感で見るのが最上だと思う。エジプトの彫刻はエジプトの乾いた風の中で。ギリシャの彫刻はギリシャの青い空の下で。沖縄の紅型は沖縄の強烈な光の下で。
中期キリスト教美術。
初期キリスト教美術と中期キリスト教美術をすっぱり分けるのは難しい……というか、不可能なことだろうと思います。人の営みは一夜にして変わらず、美術の流行も何年も何十年もかけてゆっくりと変わり、発達していくもの。
しかし何世紀か経って、キリスト教の宗教画はこんな感じのところまで来ました。
チマブーエ「聖母と天使たち」
<a href="https://en.wikipedia.org/wiki/ja:%E3%83%81%E3%83%9E%E3%83%96%E3%83%BC%E3%82%A8" class="extiw" title="w:ja:チマブーエ">チマブーエ</a> - cartelfr.louvre.fr : <a rel="nofollow" class="external text" href="http://cartelfr.louvre.fr">Home</a> : <a rel="nofollow" class="external text" href="http://cartelfr.louvre.fr/cartelfr/visite?srv=car_not_frame&idNotice=1206&langue=fr">Info</a> : <a rel="nofollow" class="external text" href="http://cartelfr.louvre.fr/pub/fr/image/1353_p003567.001.jpg">Pic</a>, パブリック・ドメイン, リンクによる
ギリシャ-ローマ時代は人間を作っていたのに、この辺りではだいぶ硬直化している印象があります。1000年前にはあんなに流麗な衣のひだを持つ彫刻を作っていた人々が、こんなに固まったポーズの絵を描くようになる不思議。
美術がだんだん様式を追い求めることになっていった。これにはやはりキリスト教が大きな役割を果たしていることと思います。宗教的な約束事が増えていく過程で、絵は自由さよりも条件を満たすことが重んじられたのかもしれません。当時の絵描きは芸術家ではなくて職人。親方のやり方を踏襲する意識は強かったでしょう。
「聖クレメンテ教会の後陣」
By <a href="https://en.wikipedia.org/wiki/en:Master_of_Ta%C3%BCll" class="extiw" title="w:en:Master of Taull">Master of Taull</a> - The Yorck Project (<span style="white-space:nowrap">2002</span>) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by <a href="//commons.wikimedia.org/wiki/Commons:10,000_paintings_from_Directmedia" title="Commons:10,000 paintings from Directmedia">DIRECTMEDIA</a> Publishing GmbH. <a href="https://en.wikipedia.org/wiki/International_Standard_Book_Number" class="extiw" title="en:International Standard Book Number">ISBN</a>: <a href="//commons.wikimedia.org/wiki/Special:BookSources/3936122202" title="Special:BookSources/3936122202">3936122202</a>., Public Domain, Link
スペインあたりだと、こういう癖のある絵も登場します。
これはバルセロナのカタルーニャ美術館にありまして、ここには中世スペインの中期キリスト教美術がかなりたくさん集まっています。わたしはそこまで好きなジャンルではないのですが、このスペイン!というコッテリ感が面白いことは面白い。ただコッテリしているので、あまりに時間をかけて見ていると胸焼けします……。
スペインは地理的にもヨーロッパの端の方に位置し、またイスラム勢力が長くとどまった歴史もあるので美術の雰囲気が独特です。8世紀から15世紀までがイスラム支配。このフレスコ画は12世紀頃のものなので、どこかでイスラム文化の影響を受けていると思われます。どこなのかは不明ですが。
おまけにケルト美術。
西洋美術史においてそこまで大きく取り上げられているわけではないのですが、ケルト美術もなかなか興味深い。面白いです。
このケルト美術を作ったケルト文化、ケルト人ですが、……これがけっこう謎の存在。中央アジア(って、どこ?と思いますが、インドの北、カスピ海の東あたりのようです)から西ヨーロッパの中央部に進入してきて、そこから1000年以上かけて西ヨーロッパ全域くらいに広がった民族。
……と、今までは言われていましたが、アイルランド、そしてイギリスには実はケルト人は行ってないんじゃないかという説も出て来たようで……アイルランドなんて、ケルト人の音楽性や文学性を国のアイデンティティとしてきたのに、それがなくなっちゃったらどうするんだろう。
広がったわりには、あるいは逆に広がったせいか「ケルトとはこういうもの」と定義するのが難しいです。特に国として団結したわけでもなく、地域差も時代差も生まれ、なかなか一概にはいえない。しかしヨーロッパを、長い時間をかけて覆った一枚のヴェールだった気がします。
「ケルズの書」
パブリック・ドメイン, リンク
8世紀に作られた聖書の写本です。世界で最も美しい本といわれています。アイルランドの至宝。ダブリンのトリニティ・カレッジ所蔵で、これを見るために連日長蛇の列が出来るほど。
写真ではちょっと見えにくいのですが、うにょうにょした「組紐文様」、3を基本にした「渦巻文様」が特徴です。
ケルト美術に全て組紐文様と渦巻文様がついているわけではないけれども、すごく特徴的なので、この文様を見ればケルト美術だ!と見分けられるので楽しい。
組紐文様。
渦巻文様。このアルケミスト双書はとてもきれいな本で、オシャレなプレゼントとかにいいのではないかと思います!
ケルト紋様の幾何学:自然のリズムを描く (アルケミスト双書)
ついでに動物文様。これもケルト美術の特徴的な文様。
デザインがモダンで現代でもアクセサリーに多用されています。ケルトの宗教はなんとなく魔術めいているので、お守りっぽい雰囲気も感じる。
あっ!中世美術といえばこれを忘れていた!
「貴婦人と一角獣」(味覚)
By http://www.tchevalier.com/unicorn/tapestries/taste.html, Public Domain, Link
赤い色がきれいに残ってますね。褪色しやすいタペストリーの中でこんなに赤が残っているのは貴重。そして描かれたデザインも、貴婦人と一角獣、獅子に花や動物たち、という華やかで繊細なものです。袖の薄い布の表現など、かなり吟味して作られたものだということがわかる。
とてもたおやかな。中世の花の香りがしそうな作品。
これはタペストリー(壁掛け)で、お城の装飾や防寒・防音のために壁にかけられました。室内装飾物としてはとても長い歴史を持ち、エジプト時代のものもあるそうです。
上記の作品はパリのクリュニー中世博物館の目玉「貴婦人と一角獣」の中の1枚。かなり大きなもので、377 x 466 cm。6枚1組で、長年何を表しているのか謎でしたが、近年は6つの感覚を表したものだろうということに落ち着いたようです。
その6つの感覚とは「味覚」「聴覚」「視覚」「嗅覚」「触覚」。いわゆる五感と、それにプラスして「我が唯一つの望み」――このタイトルが誰がどの段階でつけたものか、調べてもわかりませんでした――の6つ。「我が唯一つの望み」は愛であるとも理解であるとも言われています。6枚のうち、この1枚はサイズが違うそうですから、何か特別の意味がありそうです。
タペストリーもなかなかすごいもののような気がしてきた。エジプト時代から現代まで作られていることを思えばその歴史は3、4000年にわたるし、世界各地でいろいろな種類のものが作られているし、材質も様々。地味ながら研究対象にするのなら面白そう。
西洋中世美術に欠かせないもの。
ちなみに、西洋中世美術といって本来は絶対に避けては通れないものがあります。それはなんでしょう?
それは建築。ロマネスク様式とかゴシック様式とか、よく聞きますね。これらは中世美術に属するもので、むしろ中世美術とは建築なのではないかというくらい重要なのですが、……建築まで含めるとなるととても始末が悪いので、今回建築はあえて避けて通っております。
なお、初期・中期のキリスト教美術となると、教会で飾られていたレリーフや彫像、キリスト教の聖具なども一大勢力として外せない。――外せないのですが、なにしろ一つ一つが小粒なものだから、わたしにどれか2、3個を選んで紹介する能力がない。
この辺をまとめて見たい方はロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で見られます。あそこは工芸系の物は何でもたっぷりありますからねー。恐ろしいばかりに。
西洋美術・中世編。
西洋美術・中世編として、
初期キリスト教美術
ビザンティン美術
中期キリスト教美術
おまけでケルト美術
さらにおまけで「貴婦人とユニコーン」
を見てみました。もやもやっとした西洋中世美術の世界を……わたしが思いつくものを中心に。
こうやって見ると改めて、わたしは色のきれいなものが好きですね。なので初期・中期キリスト教美術はどうもピンと来るものがなかった。制作された当時は鮮やかでも、長い間に変色したり、色が消えたりはよくありますし。
このあたりまでが西洋美術としては第一部・完というところでしょうか。わたしの感覚では西洋美術は現代までのところ第三部まで来ていまして、これから先のストーリーの展開がまた面白い……と思っています。
西洋美術を楽しみましょう!
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