沖縄の旅の話/1993

◎また会いたい、首里城。沖縄の旅の話・その5。

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残りの日々はのんびりと那覇を廻りました。

4日目は、まず福州園。

まず福州園という中国式の庭園へ行きました。那覇市政施行70周年を記念して作られたところで、この頃は完成してちょうど一年くらいの時。琉球と中国は歴史的に関係が深い。そんなに広い場所ではなかったけれども、中国式の庭園なんて初めてだったから興味深く見た。建物の屋根の反りがものすごいのね。

中国にも時代や地域でいろいろな建築様式があるだろうけど、その中でもなかなか尖った(←屋根の先端が)スタイルでした。橋や築山を使って上手く高低差をつけていて景観に飽きが来ないようにしている。

中国の建物も面白そうなんですよねー。唐時代の都・長安に憧れがあるので、西安にも行ってみたい。現代の西安にはあまり昔らしさは残ってないようなんですけれども。むしろ北京の故宮や四合院と呼ばれる住宅建築を見た方が面白いのかも。

次に波上宮という神社に行きました。名前の通り海に臨んだ神社で、祭神はイザナミノミコト。そう聞くと伝統的な日本の神社かと思いますが、建物の屋根にはやっぱり丸瓦が使われていて、琉球テイストがプラスされている。わたしが行った時には改修中でした。

この後、昼食を食べました。お店は多分「風弾(ふうたん)」。「ゆし豆腐」がびっくりするくらい美味しかった!基本は豆腐なんですけど、固めてないので口当たりがふわっとしていてひたすら優しい。やわらかーい茶碗蒸しのさらに3倍くらいやわらかい豆腐。ほんのりとした塩味。おいしー。これはこの時以来味わってないので、なつかしの味ですねー。もう一度食べたい。

4日の午後はホテルから国際通りに出たり入ったりして、お土産などを揃えました。

 

5日目。最終日。

最終日です。この日の13:40の飛行機で帰ります。

最初に松山御殿(まちやまうどぅん)というところに行きました。明治の頃の琉球王族の邸宅だったところで、わたしが行った時点では庭だけが残っていました。琉球式の庭ということで、やはり日本庭園とも中国庭園とも違いましたね。何よりも植生が違う。南国の植物をメインに構成されていて、無造作な感じでした。

石組が多かったのが印象的。泉・井戸の辺りは遺跡感のある石組でした。沖縄の石組はなめらかな曲線が多用されているので独自性を感じるのだと思います。和様では基本は直角・直線な気がします。沖縄はふんわり丸っこくまとめるイメージ。

松山御殿、今はもうないんですね。現在はマンションが建っているそうです。背丈よりも高い、びっしりとした根を生やしたガジュマルの大木はどうなったのだろうか。

沖縄の最後は再び首里城へ。

再び首里城へ。2日目にかなりじっくり見たのにまた行きました。見たりないと思ったのかもしれない。最後に琉球の中の琉球に挨拶をして行きたいという感傷もあった。

この日は初めて行った時よりもさらに天気がいい日でした。日の光に重みを感じるほど。首里城の赤はいよいよ紅く、ぎらぎらしている。前の時は気づかなかったけれど、この日差しの下では石の照り返しもきつい。その白さが目に痛い。真っ赤なハイビスカスの花が青空に映える。

正殿の龍にさよならの挨拶をして。

ぎりぎりまで首里城にいてタクシーで那覇空港に向かいました。

走り出したタクシーの窓から外を見ていると、道路の脇の歩道で正座して祈っている人がいる。なんだ?と疑問に思い、でもその場所が聖所であることを思い出す。園比屋武御嶽。その石門の前で女性が一人、膝をついて祈っている。道路際で祈るその姿に、まだ身近に残る信仰の形を思った。

 

沖縄の旅は。

短いながら沖縄を旅した。過剰な思い入れとともに。

沖縄の人たちはみんな優しかった。民宿の上間さんも、斎場御嶽で会った人も。バスの運転手さん。切符売り場のおばさん。ボートのおにいさん。久高島のお店で会った人たちは漁師さんだった。海人(うみんちゅ)という言葉を教えてもらった。

蓬莱島だと思った。現世にあって現世にない、現実と神話の間の世界。本当はその場所には現実の人が住んでいて、苦労もあって、余所者の勝手な夢ではあるけれど。

世に沖縄好きは数多い。その中の多くの人は沖縄に楽園を見るのだと思う。南の、気の良い人々が住む、温かい島。色彩豊かな、独自の歴史と文化を持つ島。その憧れが強すぎて蓬莱島やニライカナイのイメージを重ねてしまう。それがどれだけ現実と離れたものでも、勝手に夢を見てしまう。

……ここに後ろめたさを感じないわけではないのだけれども。沖縄も他の場所と同じように様々な問題を抱えていて、現実の沖縄を見るならば夢ばかりではいられない。でもわたしの旅は大なり小なりその土地への憧れと夢。沖縄の場合はその夢の度合いがとりわけ大きい。

実際に住んでいる人の中には、勝手に夢を描かれることに違和感を持つ人もいるだろうと思う。それには「ゆるしておくれ……」というしか。逆の立場でも多分こそばゆいような気持になる。ドキュメンタリー的な旅が好きな人もいるだろうが、わたしはファンタジーな旅が好きなんです。

首里城が焼け落ちたニュースを見た時はショックでした。あの首里城がもうないなんて……。パリのノートルダム大聖堂が炎上した時もショックでしたが、それに続いて首里城まで。残念なニュースが続きました。

が、再建の動きは早々と進んでいるようです。首里城再建のため1億円を目標につのったクラウドファンディングに、9億4千万円が集まったとか。

前回の復元時は資料集めに大変苦労したらしいのですが、今回の復元では前回の資料が豊富に残っているため、それを活用することが出来るそうです。「見せる復興」をテーマに作業現場公開、復興展示室も充実させるなど、様々な工夫がなされている様子。復興自体をコンテンツとして力強く前進しています。

またあの紅い首里城を見せてください。

 

 

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