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夏目漱石は実はロマンティスト。短編と随筆がおすすめ!

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本は読みますが、文学作品はおおむねそんなに好きではないamairoです。
でも夏目漱石は好きなんですよねー。
長編が有名な漱石ですが、わたしが好きなのは、主に短編と随筆です。

 

漱石といえば「坊ちゃん」「吾輩は猫である」ですが……

「坊ちゃん」と「吾輩は猫である」が定番ですね。

「坊ちゃん」は国語の教科書に載っていたこともありますから、
読んだ人は多いのではないでしょうか。
小説としての長さも、ちょっと読んでみるのにちょうどいいし。

が、実はわたしは「坊ちゃん」、いまいちでした。
ユーモラスな部分は面白いのですが、こういう話だったら最後はもう少し
盛り上がるべきじゃないのか?と思いました。
マドンナの立ち位置も物足りない気がするし……

「猫」は好きなんです。これは盛り上がりを期待して読むお話ではないので
その点に特に不満はない。
ただたしかにストーリーとして平板だし(平板であるべき話なんです)、
けっこうな長編だし、読んだ人からはちょっととっつきにくいといわれたことがあります。

 

夏目漱石=文豪というイメージ。でも実は……

わたしが漱石を好きな理由は、おそらく彼がロマンティストだからだと思います。
え?あんなおっさんが?(←失礼)
でも漱石って、見かけによらず繊細なロマンティストだったと思うんですよー。

漱石は俳句も相当数作っているそうです。わたしが好きな句が2つあります。

菫程な 小さき人に生まれたし

スミレの花くらいの小さい人に生まれたいなあ、という句。
ひっそりと咲いてひっそりと散る野の花に憧れる心。
小さい人の形容として、スミレを選ぶところがいじらしい。

 

漱石は世を厭う人でした。
ちょっとしたことでもイライラ、クヨクヨするタイプで、
相当に生きにくい人だったことでしょう。
しなくていい苦しみを自分の心で作り出してしまう人。

結婚すれば奥さんの言動にイライラ、
イギリスに留学すれば思い悩んでクヨクヨ。
死因は胃潰瘍でした。

漱石くん、そんなにイライラしなければもう少し長く生きられたんだよ……
しかしそのイライラする感受性が、作品を生み出しているのですから、
日本文学史的には痛しかゆしですね……

 

また、こんな句も作っています。

あるほどの菊投げ入れよ棺の中

これは個人的に親交のあった、歌人の大塚楠緒子が亡くなった時の手向けの句。
一息に言い切るような二句切れが好きです。

どちらも素直な句ですよね。
こんなに素直に読める漱石に文豪の立派さよりも可愛げを感じます。
この可愛げをまず味わってもらいたい!

 

初めての漱石、おすすめは「夢十夜」。

というわけで、最初の夏目漱石としてわたしが推すのは

「夢十夜」。

……どうだろう?あまりにも変化球すぎますか?

 


文鳥・夢十夜 (新潮文庫)

 

でも「夢十夜」、好きなんですよねー。

これは第一夜から第十夜にわたって「こんな夢を見た」という話です。
実際にこの夢を見たわけではなく(見なかったとも言えないが)創作物。
実際に見る夢のような脈絡のなさと、そこはかとない怖さを味わう。

文庫本でいえば全体でたった26ページ、一夜ごとは約3ページ。
この短さで文学作品を味わえるなんてお得!(?)

 

小説のタイプ。

わたしは小説には、

1.ストーリーの面白さで読ませるもの
2.キャラクターの魅力で読ませるもの
3.人生の真実で読ませるもの
4.文章の表現力で読ませるもの

タイプが4つあると思うんです。

1はエンタメ小説。ミステリとかホラーとか。
2はライトノベルなどがこのタイプ。
3はちょっと思いつかないけれど、作品の中に人生の名言がちりばめられているもの。
4は文章自体に独自性と美しさを感じるもの。

1つの小説が1つのタイプにしか当てはまらないというわけではなく、
いくつかのタイプを兼ね備えて平均点以上で面白い、という作品が多いです。
たまに1つだけに特化した魅力で面白い作品もありますが。

 

「夢十夜」の読みどころ。

漱石の「夢十夜」はどこに位置するかというと4の特化作品です。
まあ夢の話は不思議で妙な味わいがあって、1の要素もありますが、
この短い話で見るべきものは、文章の表現。

第一夜から第三夜はおそらくだいぶ推敲したんだろうと感じます。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚に訴える文章。

特に第一夜は美しいですね。
多分漱石でおそらく一番美しい作品じゃないでしょうか。
こういう作品も描いた人なのだと、広く知ってもらいたい。

第三夜はいかにも悪夢っぽいホラーで好き。
第五夜は少しロマンティックな話です。
第六夜は着想が面白い。夢ならではという感じがする。運慶が生き残っている理由……
第八夜と第十夜はシュール。
第九夜はホラー含みの哀話。

いろいろな味わいをこんなに凝縮して楽しめる作品は他にありません。
いわばアソートボックス。
チョコレートあり、塩せんべいあり、クッキーありで飽きません。

 

その次は「倫敦塔」。

もし「夢十夜」の第一夜がとても気に入った人がいたら、ぜひ読んでいただきたいのが

「倫敦塔」。

 


倫敦塔・幻影の盾 (新潮文庫)

 

これはロンドンにあるロンドン塔に、
留学生だった当時の漱石が観光に行ってみた時の体験を基にしています。

 

塔じゃないのになぜtower of Londonなのか、前から不思議。
ロンドン塔自体も語れば1冊本が書けるような、歴史のさまざまな事件の
舞台になったところです。

 


ロンドン塔―光と影の九百年 (中公新書)

 

漱石はその歴史的な事件のいくつかをモチーフにして短編を書きました。
漱石の作品のなかでかなり初期に属する幻想的な作品です。

その中にジェーン・グレイが出て来るシーンがあるのですが、
その着想の元ネタになった絵がこちら。

 

PAUL DELAROCHE - Ejecucion de Lady Jane Grey (National Gallery de Londres, 1834).jpg
ポール・ドラローシュ, パブリック・ドメイン, リンクによる

「レディ・ジェーン・グレイの処刑」

これが衝撃的な絵で……
何よりもまずシーンとして劇的なんですよね。

この中央の若い女性は今まさに処刑されようとしています。
ジェーンは国王の血を若干引く家系の人で(祖母が国王の娘)、
野心家の義父(夫の父)に担ぎ出され、9日間だけイギリス女王の座につきます。

が、その後政敵に追い落とされ、反逆者として処刑されることに……
まだ16歳でした。

ジェーン自身が自分の状況をどう思っていたのかわかりませんが、
年齢を考えたら完全に傀儡と考えていいかと思います。
周りの思惑で、政略結婚し、女王になり、罪人として処刑される……
運命に弄ばれた人生。

 

この絵はロンドンのナショナルギャラリーで見られます。
2.5メートル×3メートルという、かなり大きな絵。

当然漱石もこの絵を見ており、強い印象を受けたのだと思います。
時代的にはジェーンが生きた時代より300年後に描かれた絵、
漱石は描かれてから70年後くらいにこの絵を見ていることになります。

なお、今でもロンドン塔に行くと、
ジェーンの夫が彫ったと言われる「JANE」という文字が壁に残ります。
ロンドン塔に行く前に漱石の「倫敦塔」を読んでいくのがおすすめ。

わたしは「倫敦塔」、大好きですが、
ちょっと漢字が多くて読みにくいかなーという部分があります。
「夢十夜」を読んで文章の呼吸を掴んでから、ぜひ「倫敦塔」もお読みください。

他に幻想的な短編としては「幻影の楯」「薤露行(かいろこう)」
古典的な文体を採用しているので、これも多少とっつきにくいが、
ロマンティック系列です。

 

ちなみに(わたしの)長年の疑問だった「薤露行」の意味ですが――

「薤露」という題名の漢詩があるそうです。「行」は漢詩の一形式。
「薤露」の内容は、ニラ(薤)の葉におく露は(葉っぱの幅が狭いので)乾きやすい。
中国のある地方領主が死んだ時に作られた挽歌、命の儚さを歌ったもの。

……これはわからんわ。漱石さん、教養ありすぎ。

 

随筆だったら「硝子戸の中」。

随筆全部を読んだわけではありませんが、手持ちの本で見てみると

「硝子戸の中」
「文鳥」
「思い出すことなど」
「永日小品」

の順番がいいのではないかと思いました。

 

「硝子戸の中」は随筆としてまとまりのある作品。最晩年の随筆。
この中の、身の上話を語る女のくだりが特に好き。
「八」の章は輝いて見えます。

「文鳥」は一篇で完成度が高い随筆だと思います。
なお新潮文庫で「夢十夜」を読む時には「文鳥」とカップリングされているので、
ごく普通に読む場合には最初に「文鳥」を読んでしまうと思いますが、
出来れば「文鳥」は飛ばして読んで欲しい。

なぜかというと「文鳥」では最後の方、漱石がひどい人だからです。

基本的に漱石は、後輩たちに慕われた反面、家族に対しては
かなり暴力的な人だったらしい……
今だったらDVと言われる可能性があるくらいです。
最初にDV漱石と出会ってしまうのはちょっと……

「思い出すことなど」は基本的に闘病記。
病院のベッド(布団?)の上で書いていた日記のような雰囲気です。
昔の思い出や、小さい頃の家族の頃もちょっと出てきます。
長編を読む前に闘病記を読んでしまうのはマイナスかなあ……。

 

「永日小品」。一見とりとめのない随筆に見えますが、随筆というより、

現実に起こったこと
人から聞いたこと
思い出
架空の出来事

が混じった、作品になる前の種のようなものと感じます。
そのつもりで読むと多角的に思えて面白いかも。

 

長編では「三四郎」推し。

「猫」以外で好きな長編は「三四郎」。
ヘリオトロープの場面が好きですねえ……


三四郎 (新潮文庫)

この作品のヒロイン美禰子は、夢十夜の第一夜の女とどこか共通するものを感じます。
こういう女が漱石の「運命の女」なのかもしれませんね。
そして多分わたしは漱石の書く女が好きなんでしょう。

「三四郎」
「それから」
「門」

この三作は「前期三部作」と呼ばれています。
主人公は違うのですが、

「三四郎」の主人公の三四郎が、
「それから」の主人公の代助になったと考えることも可能。そして代助が
「門」の主人公の宗助になったと考えることも可能。

続きものとして読むことも可能な三作。

その他の長編。

漱石の王道である長編については、わたしはあまり語るべきことを持たない……
なので長編については割愛……

あ、ちなみに前期三部作があるということは後期三部作もあります。

「彼岸過迄」
「行人」
「こころ」

「こころ」は「作品として日本でもっとも売れている」本だそうです。
へー、そうなんですか。意外。

 

漱石のロマンティストの部分を楽しむ。

お堅いイメージの夏目漱石だと思いますが、
実は短編だとなかなかロマンティックなものも書いてます。

「坊ちゃん」や「猫」でピンと来なかった人も、
「夢十夜」面白い可能性がありますよ!
一夜ごとだったら3ページ。
読めばあっという間ですが、じっくり味わって読むのが吉かも。

とにかく第一夜の美しさを味わっていただきたい。
漱石のイメージが変わると思います。

 


夏目漱石全集(全10巻セット) (ちくま文庫)

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