参道の途中で小雨だったのが大粒になった。早足で石段を登って行く。小さな門の瓦が濡れ始める。
傘を持っていないわけじゃないけれど。
本堂の、ささやかな軒下を借りて雨を避ける。石畳に降った雨粒は、天から落ちた後、名残惜しげに硬い石の上で小さな跳躍を繰り返す。――本降りだ。雨に叩かれた草が揺れる。屋根に当たる雨音が激しさを増す。他には何も聞こえない。わたしは目を伏せ耳を澄ます。
千年、あるいは何百年かの昔には。
同じようにここに立ち、雨音に耳を澄ました人間もいたことだろう。雨音の奥の、何かの兆しを聞きとろうとして。
都外れの小さな寺。華やかな時代もあったのだろうが、きっとそんな時期はわずか。今の佇まいと同じように、時間がただ積み重なっていくような場所。心に鬱屈を抱く者が。秘かな願いに身を燃やす者が。ひたすらな平穏を求める者が。雨の降る日、迷い込むようにこの寺を訪れた。
丘の麓に在る白毫寺への道は、新薬師寺から歩くならば学校や住宅の多い普通の生活道路だ。しかし途中に、あまり人の通らない細い道がある。あった。わたしが訪れた頃には。
本当に細い道で、真ん中に立って腕を真横に広げれば、両側の土塀に指先がついてしまいそうだった。だがその土塀は丈が低く、あまり圧迫感はない。普通に歩いていても、上部が崩れた部分から内を覗くことは容易だった。内は人気のない庭で、ただ草が茫々と繁っている。――時が止まったまま、何も変わらないように。
この道は、過去への道。通る人間は時間の挟間に落ち込む。誰も気づかぬうちに訪れ去って行く通り雨のように、時間が目の前を通り過ぎて行く。そんな道を通ってこの寺へ辿り着いた。
夢想は境内への足音で破られる。わたしと同じ現代人が、赤いデイバッグを背負って現れる。少しためらうように歩幅をゆるめ、近づいていいか気配をうかがう様子。
ああ。今へ。戻ってきてしまった。
内心で苦笑しながら雨宿りしていた本堂を離れる。夢は他人に迷惑にならないように見なければ。この場所を一人占めしていてはいけない。少なくともわたしはしばらく自分の時間を享受した。
この人も過去へ行くのかもしれないし。
目を合わせないようにしながら、すれ違う時には心の中でバトンタッチを呟く。――紫色の傘を広げる。途端に雨が道連れになる。
すっかり濡れた雨の石段。わたしは白毫寺を後にした。