土地には固有の空気がある。光の強さと湿度、温度。風の強弱。全てがその土地の空気を作り上げる。それはどんなに映像や写真を見てもそこでなければわからないもの。飛行場から一歩踏み出して、あるいは駅のプラットホームに降りて。ああ、と深呼吸する。体が最初にその土地を知る。
九月の沖縄の光は、北国生まれのわたしには強烈だった。体に重みを感じるほどの強い光は、それまでの人生で味わったことはない。ここは南の国なのだ、とわかる。ここの光はわたしが今まで光として知っていたものとは別のもの。全く違う土地なのだ。
首里は小高い丘。まずは守礼門を通り抜ける。門と呼ぶにはあまりに軽やかな、ふわりと浮かぶフォルム。この門は人を締め出すために作られたのではない。迎えるために作られた、おそらく世界でも珍しい門。
高台の正殿への道は上り坂。辺りの風景に目を止めるふりをして、時々立ち止まる。日差しの重さがのしかかる。九月の暑さは予想よりもきつく、秋風など小指の先の気配すらない。遠く那覇の町並みが白っぽく広がっている。
首里城は、後にそのいくつかを見ることになる沖縄独特の城(ぐすく)の到達点だ。がっしりと組まれた石垣は優美な曲線を描くけれども、それと同時に威圧もする。しかしいくつかある門の上に乗った櫓は控えめだ。小さな島の中でも権力争いの闘争はあったのだろうが、世界の歴史に触れた目には、昔の琉球での戦いは微笑ましいほどささやかなものに思われる。小さな国での小さな争い。――微笑ましい争いなど有り得ないが。
復元されたばかりの本殿は観光客で溢れていた。内部には真っ赤に塗られたばかりの塗料のにおいがまだ残り、人の多さと相俟ってその場所を単なる書割に見せる。昔の姿をしのぶよすががない。もう少し時間が経ってから訪れた方が良かったか。少なくともにおいが消えている頃まで。
だが内部を見た後、御庭(うなー)に降りて正殿と向かい合った時、わたしはこの時期にここに来たことに感謝した。
塗りたての、眩しいばかりに濃厚な赤。青い空を背景に立つ。強い日差しだからこそ、その鮮やかな赤が映える。この天地にはこの色でなければ。この赤がこの土地の色。
正殿の唐破風の飾りは紅型に似た賑やかな色遣い。昔、これに劣らぬ艶やかな衣をまとった男女が、この御庭を埋めたこともあるだろう。紅白の線がくっきりと引かれた御庭の、華やかな宴の場面を想像する。強い光は色をますます鮮やかに見せただろう。それはきっと色の海。花畑にいるような。
正殿の前に向かい合う石の龍柱だけが灰色のまま、ずっと黙って立っている。翁のおかしみと似通うユーモラスな表情で。
夕方、日差しが傾いて。王家の墓である玉陵には誰もいない。石の沈黙。鳥が素早く水色の空を横切る。
あるいは園比屋武御嶽。石門の前に小柄な女性が座り込み、何事かを祈っている。捧げられた供物と、そのそばに咲く赤いハイビスカス。
この島にはまだ祈りが生き残っている。忘れてしまえば死者は死の国のものだが、この島では死者へ語りかける祈りは絶えることがない。三線の音色に。かちゃーしーの手振りに。泡盛の澄んだグラスの中に。鳥のように飛び回る魂への呼びかけがある。
魂たちはそれに応え、生者を優しく見守っている。時に含み笑いをしながら。生者にその笑いは聞こえないけれど、優しさは伝わる。だからこの島の空気はまろやかなのだ。しっとりと重く、密度の濃い。これがこの土地の空気。
三線の音色を聴いた。辺りを見回しても、どこで弾いているのかはわからない。ただ風に乗って、音だけが聞こえて来る。
その後に唄う声が追いかけて来た。渋味の勝った老人の声。気負わず、語りかけるように。声はやがて空へと消えた。