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< 東は東、西は西。 >【prose】

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中東はわたしたちから遠い。そこに長く花開いたイスラム文化について、わたしたちはほとんど知らない。中東。アラブ世界。イスラム社会。そもそもどう呼べばその存在を包括的に指させるのかさえわからないのだ。ヨーロッパは単に「ヨーロッパ」で済むのに。

日本は長らく中華文明の影響を受けて来た。およそ2000年。そして江戸時代後期にはオランダが。幕末から明治維新後にはイギリス、フランス、ドイツが主な先達だった。第一次大戦後はアメリカ。

良くも悪くも。日本とイスラム世界が直接関わった時代はほとんどない。イスラム文明はいつでもヨーロッパの向こうにあって、直接見たことのないぼんやりとした影だった。地理的にはヨーロッパよりも近いのに。

ヨーロッパに興味があるわたしはヨーロッパの系譜を、古代ギリシャ、その後を継いだローマ帝国、その後継者とだけ考えていた。アラブ世界から流入した知識も多々あるだろうが、それはあくまでも文明にとっての支流であって、本流に対しては小さいものだと。

だが実は、ヨーロッパとイスラム世界の繋がりは思っていたよりももっと密接なのかもしれない。古代ギリシャが遺したものは東にも西にも流れていった。東に流れたものはアラブ世界を生き、攪拌され、発酵された。西に流れた知識はローマ帝国の基盤の一つになり、ローマ帝国は東に延びて中東へと迫り、のちにイスラム教が育つ土地で根を張った。その東ローマ帝国が消えた後もアラブ世界とヨーロッパの繋がりは密な通商で保たれる。通商が盛んな地域同士で文化の交流がないことはあり得ない。東へ行った知識がヨーロッパで合流する。

東は東、西は西。わたしはその言葉を額面通り取りすぎたのかもしれない。ヨーロッパとアラブ世界の繋がりは、極東から見ているよりはるかに密で深かった。わたしは世界史における(世界史はヨーロッパ世界を中心にして学ばされる)アラブ世界を、一地方史としてではなく、大きな本流の一つとして意識するのが公平な見方なのかもしれない。

 


翻訳史のプロムナード

 

フランスの学校で問題になっているイスラム信者の人のスカーフ問題。たしかに政治と宗教、教育と宗教は分離すべきだと思うけれど。でも、宗教が生活習慣を形作る場面は日常の中で多い。それはすでに「習慣」だから、そのことを宗教的行為なので禁止だと言われてしまうと心が痛む。ではフランスの学校ではクロス型のネックレスをつけることも禁止されているのか、それがキリスト教信者の場合?あるいはキリスト教信者じゃない場合は。

 

 

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