沖縄の旅の話/1993

◎夕暮れの座喜味城跡。沖縄の旅の話・その1。

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はるか昔に沖縄に旅をしました。

今と比べて沖縄はとても遠かった……。何が遠いといって、航空運賃がとても高かったんです。まだLCCなど影も形もない時代。多分早割もなかったなあ。飛行機のチケット、正規料金を払っていきました。これがいくらだったか……正確には覚えていませんが、7万円前後はしたのではないかと思います。

池上永一の「バガージマヌパナス」が「わが島の話」という意味で、これにならうならば、これから書くのは「バガータビヌパナス」。わたしの旅のお話です。

 

仙台から沖縄へ。

仙台ー沖縄便は、時期によって直行便があったりなかったり。わたしが行った時期は直行便がなくて大阪の伊丹空港で乗り換えでした。人生初乗り換え。乗り換えって何か特別なことがあるわけでもないんだけど、旅をしているなぁという気がする。

なつかしくて、写真を引っ張り出して来てしまいました。おお、空の上でも写真をたくさん撮っている。富士山を撮ったり、大坂城を撮ったり。大坂城は位置的に微妙ですが、伊丹空港に着陸する前ですかね。お城が意外に大きく見える。これはカメラのズーム機能の勝利か。肉眼よりも大きく見えたかもしれません。

カメラのこと。

この頃わたしが使っていたカメラは、京セラの、たしかα2000。兄からのおさがりでした。京セラはだいぶ前にカメラ事業は撤退しているし、当時でもカメラメーカーとしては本流ではなかったけれども、使い勝手のいいカメラでした。当然フィルムカメラです。

このカメラは変わっていて、24枚撮りフィルムで50枚くらい撮れました。通常1枚の写真を撮る大きさで2枚撮るので粒子は粗くなりますが、ISO400のフィルムで普通の写真の大きさで見る分には気にならない程度。倍の枚数撮れたので、遠慮なくバシャバシャ撮れるのが魅力だった。この時もたかが仙台から沖縄へのフライトで16枚も窓外の風景を撮っています。

……だがしかし、現代では「ISO400」が何かを知っている人は少数派だろうし、下手すると「普通の写真の大きさ」も今後は通じるかどうかあやしくなってくる。写真を撮る枚数もデジカメ、スマホとは全然比較にならない。フィルムはなんと現像代というものがかかるんですよ。現像した写真の置き場所にも困るんですよ。

でもわたしはフィルムカメラの方が好きだったな。ファインダーを覗く方が構図が決めやすかったし、撮った!という満足感も大きかった。何よりもぼかしがきれいだったんですよね。わたしはいまだにデジカメではぼかしが出来なくて。みなさんスマホできれいな写真を撮っていらっしゃいますよね。

読谷村、恩納村へ。

接続はまあまあで、仙台空港を9時頃発って13時頃那覇空港着。乗り換えにしてはスムーズな移動でしたね。

沖縄には鉄道がありません。移動はレンタカー。知らない土地でレンタカーというのはハードルが高いけれども、細々したところを回るにはその方法しかないんですよね。最初のうちはだいぶ緊張したが、基本的に交通量が少なくてありがたかった。道もシンプルでひたすら国道58号線を北上するだけ。

今知ったのですが、この国道58号線は那覇市から鹿児島市を繋ぐ道路だそうです。海の上も国道扱いなのか。不思議。

琉球村。

まずは沖縄中部の恩納村にある琉球村へ。

他の目的地よりも北にある琉球村にまず行ったのは、何よりも先に民俗的な沖縄に触れたかったからなんですよね。ここは沖縄の古民家が移築されてて、昔の琉球の雰囲気を垣間見られるところ。わたしはこういう部分に惹かれて沖縄に行ったんです。

わたしが行った時には現在の規模よりもだいぶ小さかったと思う。主に古民家ゾーンしかなかった記憶が。沖縄の民家といったら赤瓦。瓦の赤と白の漆喰のコントラストが南の国を感じさせる。年月が経って瓦の赤が灰色になったところも好き。

屋根の真ん中で、シーサーが「この屋根は俺が守る!」と吠えている。でもすごくユーモラスな顔をしているから吠えてもこわくないよ。シーサーの愛らしさは無類ですね。イケメンなのから不細工なのから、ちゃんと家を守れそうなヤツから失敗しそうなヤツまで。襲来した魔物に負けて、涙目になるシーサーの姿が想像出来る。

「シーサー」は「獅子」から変化した言葉だとか。ああっ!今まで考えたことがなかったけれども、そうだよねー。

世界には「門を守る神獣」があちこちにいます。日本の狛犬は身近なところだし、エジプトのスフィンクスやアッシリアの人面有翼牡牛像も。

◎美術を楽しく見るためには、好きなジャンルと出会うのが大切。西洋美術・古代編。

メソポタミア、エジプトから中東、インド、中国を経て日本まで来た彼ら。はるか彼方から長い時をたどって。砂漠を、山を、海を越えて。人から人に伝わるもの。

道の両側の石垣。道の曲がり具合と家の佇まいがリアルで。家には実際に人が住んでいる気がする。おじぃやおばぁが暑い夏の昼下がり、風が吹きすぎる涼しい家の中で昼寝をしているような。

歩き疲れて日陰のベンチに座りました。他に観光客はほとんどおらず、スタッフらしき人の姿がちらほら見えるだけ。

と、そこに三線の音。つま弾く、という言葉が似合う小さな音で。
弾いているのはさっき店先に座っていたおじぃだろうか。彼もスタッフだろうし、業務の一環として弾いているのだろうけど、その三線の音色には自然な、愛情あふるる手つきが感じられました。空が青かった。強烈な日光に照らされたガジュマルの木の緑が濃い。わたしは三線と聞くといつもこのベンチできいた音を思い出します。

琉球村でもう一つ思い出深いのはヤシの実。ゴロゴロと1個ずつ売っています。思っていたよりずっと大きく、バレーボールかサッカーボールくらいはあった気がする。外皮もそのまま、毛むくじゃら。あまりのワイルドさに少々腰がひける。

勇気を出して、これください、というと売っている人は山のなかから無造作に1個選んで、ナタのようなものでガシ、ガシ、ガシッとてっぺんに穴を開けてくれました。そこにストローをさして飲みます。飲んでみると、これは……水?もっと濃厚な何かを想像していた。あまり特別な味もせず、だからこそ飽きないであろう味。無人島に漂流したら、ヤシの実は天のめぐみだろう。水筒にしては重すぎるけれど。

神妙な顔で飲んでいるわたしを見て、お店の人が「果肉も食べてみるー?」と聞いてくれます。果肉!?ヤシの実の果肉を食べるもんだとは思わなかった。食べられるものならぜひ食べてみたいです!

出て来たものは、イカ、あるいは白いカマボコの細切りのような見た目でした。ヤシの実の皮を2,3センチ断ち切った皿の上に載って出て来る。味つけはわさび醤油。わさび醤油……。ヤシとわさび醤油の組合せに常識が混乱する。

食べてみると、――うん、植物性のイカって感じ。なんだよ、植物性のイカって。でも実際そんな感じで、イカほど弾力はないけれど味もあっさりしている。ハマる感じではないけど、珍しいので楽しんで食べる。

が、出してくれた量が多めでした……。何とか完食。ヤシの実ジュースの方は最初から完飲は諦めていた。あれ、1リットルくらいあったんじゃないだろうか。

現在の琉球村はわたしが行った頃より規模も大きくなり、楽しそうですね!

琉球村

もし今行ったら貸衣装体験は必ずするし、謎解き脱出ゲームもしたい!青の洞窟シュノーケリング体験が2200円は破格の安さな気がする!

 

座喜味城跡。

琉球村を出た後、景勝地の残波岬を通り、オープンスタジオ琉球の風に行きました。これはNHKの大河ドラマ「琉球の風」のロケのために建設されたところ。琉球王国時代の建物がテレビロケ用に復元されました。

現在は「体験王国むら咲むら」という施設になっているようですね。

体験王国むら咲むら

施設内のレストラン「泰期」のバイキングが気になります。

 

その日最後の目的地、座喜味城跡に着いたのは18時過ぎでした。

本土の城とは全く違う城の形。堅固に積まれた石積みの壁がなめらかなカーブを描く。日本の城より古代ギリシャのミケーネ遺跡に似ている気がします。曲線が連なる、神殿めいた雰囲気。夕暮れの黄色みの強い光がまだ残っている。横からの光は石の壁に灰色の影を作る。

この城を作った人は護佐丸。沖縄を最初に統一した尚巴志の下で戦った武人です。日本でいえば室町時代中盤にこの城を作って、築城の名手と言われた人。謀反を疑われ自害した最期でした。

島の北部に目が届くよう、陸と海を両方抑えるこの高台に城を構えたといいます。素朴な力強い要塞。ここからは今も海が見える。日が沈みかけ、高台の影に入った陸地は暗く、海だけが光る。――昔、ここからこんな風に海を見た人もいた。

ここにどんな風な建物が建っていたのか、想像が出来ませんでした。わたしが知っている沖縄の建築様式といえば首里城と赤瓦の民家しかないから。小型の首里城のような建物が建っていたのだろうか。でもあの真紅は王の神威を表すもののような気がします。ここに建っていたのはもっと素朴な、木の色の建物だろうか。

――ところで、わたしはカラオケが好きでCHEMISTRYの「Point of No Return」も持ち歌なのですが、この曲の映像のロケ場所が座喜味城なのではないかと歌うたびに気になってしょうがない。どなたか知りませんか。沖縄には琉球言葉でグスクと呼ばれる城はたくさんあるし、他の城かもしれないけど。

 

1日目の沖縄。

1日目は移動が多かったにも関わらず、意外に日程を消化出来ました。

今から考えてみると、13時に那覇空港に着いて、それからレンタカーを借りて、半島中部まで移動し、琉球村とオープンスタジオ琉球の風と2か所の施設を見て、残波岬も見て――というのは旅程が充実しすぎて驚く。普通だと半日でここまで回れない。沖縄のコンパクトさと、南の島のため日の入りが遅いことが勝因だと思う。

一日の最後は海沿いを走り、海に浮かぶ島影を写真におさめました。雲が多い。嵐が来そう。夕陽の金色と雲の濃い灰色に照らされた海、そこに浮かぶ真っ黒な小島。

19時過ぎ、民宿「万座荘」さんに無事到着。沖縄の入口に一歩入った一日目でした。

話は寄り道しがちですがご容赦くださいませ。
旅は寄り道。世は情け。

 

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